親には“失敗”でも子どもには“成功”かもしれない。親が「食育」でできることは?/料理家 栗原心平さんインタビュー(前編)
子どもを持って初めて、耳にするようになる「食育」という言葉。「食に関する教育」であることは漠然とはわかるものの、どうすればよいのかわからず、保育園や幼稚園任せになってしまっていませんか? 豊かな食環境で生まれ育ち、現在は1児の父である料理家の栗原心平さんに「食育」ついて聞きました。
「心平流の食育」は、子ども自身が取捨選択できるようになること
ーー育児をして初めて、意識的に聞く言葉のひとつに「食育」があります。その定義を教えてください。
栗原心平さん(以下、栗原) 「食育」という言葉は、多様性がありすぎて一言で説明するのは難しいですが、シンプルにお答えすると「その食の成り立ちを、いかに知るか」ということだと思います。
栗原 僕自身が考える「食育」は、「子どもが自分で、取捨選択できるようになること」で、その選択肢の中にインスタントラーメンやレトルト食品が入っていても否定はしません。ただ、それを子どもが「『これはこういうもので、こんなふうにできている』とわかったうえで食べる」ことが重要だと思っています。
最終的には、ファストフード店で作られたハンバーガーを食べて感じるおいしさもいいけれど、家の手作りハンバーガーのおいしさもわかるようになればいいと思っています。
ーー子どもは、ファストフードのハンバーガーや、ファミレスのたらこパスタが大好きですよね。ですがほとんどの親が、その料理に何が入っているのか説明できない状態で食べさせているかと思います。
栗原 今の子どもは、いろいろな食べ物に気軽に触れられる環境にいますよね。外食は化学調味料がある程度使われていますし、基本的に塩分が多いので、強く感じるんです。それを、自宅での手作りパスタより先に覚えてしまうと、「そういうものだ」と認識されてしまう弊害はあるんでしょうね。家でちゃんと作ろうとするなら、あのボリュームのたらこは入れられませんしね。
ただ、外食の味を先に認識したからといって、手遅れというわけではないと思います。いくらでも覆せます。
ーー年齢で順を追って「食育」するとしたら、0歳児からできることはありますか?
栗原 離乳食の時期ですよね。おいしいさつまいものペーストを作ってあげたいと思ったとき、「安心安全」に掘り下げていくとどんどんつまらないことになっていきますし、有機野菜を選んだからといってそれがおいしいとは限りません。いちばんいいのは、親の感覚で「おいしい」と思ったものを、子どもにも一緒に食べてもらうことが、食育の始まりだと思います。
ーー2歳前後の食育はいかがですか?
栗原 1歳くらいだとまだ言葉も覚えられない年齢ですし、食べ物の成り立ちもすぐに忘れてしまうと思いますが、その都度ちゃんと説明して食べてもらうことは大切かもしれません。「今日のハンバーグは何でできているでしょう? 牛かな? 豚かな?」といったクイズ形式で楽しんでもらったり、付け合わせにマッシュポテトやフライドポテトがあるなら「これは、じゃがいもからできているんだよ」って言い続けられたりすることが理想です。
そういう意味でいわゆる「食育」は、親の言葉が理解できるくらいの年齢からがちょうどいいですね。
4〜5歳だって「炊き込みごはん」を作れる
ーーたしかに幼稚園や保育園では、スムーズに会話ができる年齢から食育をしてくれています。野菜を収穫したり、えんどう豆をさやから出したり。ただ、同じことを共働きの家で習慣として実践するのは、ちょっと大変さを感じてしまいます。
栗原 そうですね、その場で終わってしまう子どもがほとんどだと思います。でもその一度だけでも興味を持つきっかけにはなります。家でやるならば、よく使う魚があるとするなら、その魚の名前を覚えてもらうことだけでもいいと思います。
ーーそれ以降、4、5歳児はいかがですか?
栗原 料理のお手伝いをしてもらうのが一番ですね。
ーー4、5歳児からお手伝い! できますかね……。
栗原 自分でごはんをよそったり、大根をおろしたり、卵や納豆を混ぜるくらいでいいんです。炊き込みごはんだって、切らなくてもできますしね。釜飯用の鶏肉とカットしてある野菜を入れて、調味料だけは計って入れて、それだけでおいしくなる。そのときに出汁を味見させて、炊きあがりの旨味を実感してもらうこともできます。「料理のお手伝い=焼いたり煮たり」と考えると重くなりますが、そんなことをしなくても驚くほど簡単にできることはたくさんあります。
ーーたしかに! その後はどうやって習慣化すればよいのでしょうか。
栗原 使命感と役割を持たせることです。「あなたがこれをしてくれたら、ごはんが完成するよ」とか、「ドレッシングを持っていく係だよ」とか。そうすると子どもは、「自分がやらなくちゃ!」という気持ちになる。それがルーティン化するといいですね。
ーー栗原さんご自身は、小学校2年生から料理をしていたとのことですが、きっかけはどんなことでしたか?
栗原 休日、両親はまだ寝ているけれど僕は観たいテレビがあり早く起きるため、両親の分も含めてブランチのような朝食を作り始めたのがきっかけでした。
ーーすごい! 勝手にキッチンを触って叱られることはなかったですか?
栗原 それは一切ないですね。
ーーたいていは、子どもがキッチンに立つとグチャグチャになってしまって……。
栗原 洗い物はしていなかったかもしれません(笑)。作るのは、コンビーフとキャベツの炒めものやスクランブルエッグなどで、コンビーフは缶から「ドンッ!」と出せますし、キャベツは手でちぎってフライパンに入れるだけでした。スクランブルエッグは卵を割って火を通すだけなので、汚れるような工程がなかったんですよね。
あと、幸い実家は電熱コイルを使用していて火が立たないですし、発熱部分が赤くなるので、子どもでも「ここは熱い」と認識できました。親も安心していたんだと思います。
親から見て「失敗」でも、子どもにとっては「成功」
ーーコンビーフとキャベツの炒めものやスクランブルエッグは、それ以前に作り方やレシピを教わっていたんでしょうか。
栗原 最初は父に教わったと思います。父の定番のブランチだったので。スクランブルエッグは、初めての火を使う料理として最適だと思います。ただ基本的に火を使う場合は、保護者が見ている範囲で使用してください。本人にやりたい気持ちがあるなら、まず自発的にやらせることがいいですよね。
ーー料理以外でも同じですが、子どもに「教える」ことに難しさを感じます。特に料理は、包丁を使うときに危険を伴うため敏感になってしまいます。
栗原 包丁は、まずは失敗することが前提だと思います。僕も小さいころから死ぬほど指に傷がありますから。自分の指を切らないと「痛い」「危ない」がわからないんです。ただ、食材にもよります。硬いかぼちゃをドンッと切るときは危ないですが、柔らかいキャベツの葉を切るときなら切り傷程度がほとんどではないでしょうか。
僕の子どもには「とにかく、包丁と食材を押さえる手は遠く離して。手から一番遠いところから切ってね」と言っています。僕が主宰している小中学生を対象にしたオンライン料理教室「ごちそうさまクッキングスクール」では、もう少し丁寧に教えていますけどね。
ーーご自身のお子さまと教室の生徒さんでは、やはり反応は違いますか?
栗原 違いますね、教室のほうは「習い事」という意識があるのでみんな伝えた通りにしてくれますが、やっぱり自分の子どもは全然言うことを聞かないです。うるさく言わないように意識しても、どうしてもうるさく言ってしまいますしね(苦笑)。
ーー料理を教える際に注意すべきポイントはありますか?
栗原 なんでも否定しないことでしょうか。親から見て「失敗」でも、子どもにとっては「成功」ということはたくさんあります。いろいろとうるさく言ってしまうと、子どもは挫折してしまいますしね。だから、とにかく褒める。褒めたうえで、「次にこうしたら、もっとよくなるよ」とアドバイスをします。褒めるときは上辺ではなく、心から喜んであげることが子どもにとって自己肯定感のアップにもなります。特に小学生も中学年をすぎると、褒める機会より怒る機会の方が増えるものです。それはウチも同じで。やっぱりどこかで褒めないと、子どもはどんどんヘコむし、どんどん自信をなくしてしまいます。それって、親としてちょっと切ないじゃないですか。そういう意味でも料理はいいきっかけだと思います。
自分が作ったものを食べてもらい、喜ばれて、「うれしい」という気持ちを体験させてあげたいなと思います。
「それ、危ないよ!」口を出しすぎて、後悔したことも
ーー「料理のお手伝い=ネガティブ」になってしまうと、せっかくの食育の意義がなくなってしまいますもんね。ちなみに、栗原さんのお子さんから「うれしい」という反応が見えた瞬間はどんなときでしたか?
栗原 しっかりと煮込んで作るカレーを、イチから全部作ってもらったことがありました。その日は子どもの友だちが誕生日ということで、「その子に食べてもらいたい」と招待したんです。僕は隣にいて、言葉でだけフォローをしていました。子どもは飴色の玉ねぎを炒めて、多少はルーを使ってお肉をしっかりと炒めて。そうして食べてもらうと、友だちが「信じられないくらいおいしい!」と言ったんです。子どもは恥ずかしそうな顔をしながらうれしそうだったので、「おっ、この瞬間に目覚めたか!?」と思ったのですが、すぐ元に戻ってしまいました(笑)。まぁ、現代の子どもは学校のほかに習い事も多いですし、日常的に料理をしていないと継続するのは難しいですよね。あのときは特別な日だからこそ特にがんばった、ということもあるでしょうしね。
ーー対照的に、”食”を前にお子さんとやりとりするなかで、「これは失敗だったな」と思ったことはありますか?
栗原 まだ料理教室の構想もなかったころのことです。子どもが「餃子を作りたい」と言うのでやらせてみるじゃないですか。そのとき「それ、あぶない!」とか、すごくうるさく言ってしまったんですよ。子どもは「もういい!」となってしまい、それで食への興味が遅れてしまったような気がします。言わなきゃよかったと、後悔しました。
ーーお子さんのどういったところが気になったんでしょうか。
栗原 野菜の切り方が危なかったり、餡の混ぜ方にムラがあったり。そりゃあ子どもの手だからムラがあって当然なんですよ。子どもの手で冷たいお肉をずっとギュウギュウとやっていると、結構な力がいるし手がしびれるし、辛い作業なんですよね。そんなときに「そんな混ぜ方だと、味変わっちゃうよ!」なんて言ってもわからないのに。
大人は、今でこそ何でもできる立場から物を言ってしまい、子どもの感覚をおろそかにしがちです。そういうのは本当によくないなと、実感しました。
納豆のタレ袋の切り方を「すごい!」と全力褒めすべし
ーーその日はお子さまと一緒に餃子を食べましたか?
栗原 本来なら、不格好な餃子を「おいしいね」と言い合って食べただろうに、そういう食卓にはなりませんでした。同じ餃子でも、そこに喜びがあるのとないのとでは、全然違います。
ーー子どもに口うるさく言わないようにするのは、親にとって永遠の課題のような気がします。
栗原 理想は、料理をアクティビティとして一緒に楽しめればいいんですよね。「休日の午前中は料理」と決めて、時間にゆとりを持てば、親も楽しさを感じることができるかもしれません。
ーー最初から最後まで料理をしてもらうのは難しいとしても、自発的にお手伝いくらいはしてもらいたい場合どうすればいいでしょうか。
栗原 先ほどお伝えしたように、習慣化することですね。役割を担ってもらい「あなたがいないと進まない」と義務付けることです。親だって役割を持ってやっているわけで、「食卓に年齢は関係ない。平等なんだ」という考え方を教える。そのなかで「あなたの役割はコレだからね」と伝えるんです。そして役割をまっとうしたあとは、やっぱり喜んであげることが大切です。「納豆の混ぜ方、すごくうまくなったよね! 粘りがすごいじゃん! タレの袋もこんなに上手に切れるなんて!」とか。
ーーたしかに、納豆のタレの袋は子どもにとって難関です(笑)。
栗原 そうなんですよ。だからそこを褒める。「タレをテーブルに飛ばしてないなんてすごい!」と。牛乳の注ぎ方ひとつだって、最初は不器用です。すっごい高いところから入れて、案の定ジャーッとやります(笑)。それでも、些細なところを見つけて必ず褒めるんです。食卓を共有して楽しむためには、「平等でいないと」ということを伝えたいですよね。
ーー食の魅力を発見してもらい、お手伝いのハードルを下げるために、絵本や映画などから興味を持ってもらう方法もありますよね。栗原さんおすすめの作品はありますか? ちなみに私の子どもは映画『レミーのおいしいレストラン』を観て感化され、翌日「野菜スープを作りたい!」と言い出しましたが、大変でした……。
栗原 『レミー』は難しい料理がたくさんでてきますからねぇ、ハードルが高いですよね(笑)。同じように、絵本『ぐりとぐら』のパンケーキはおいしそうですが、あれを「作りたい!」と言われたら困りますしね。そうすると、やっぱりジブリ映画でしょうか。おにぎりやハムエッグなど、家庭でも馴染みのある料理が出てきますから。
ーー『千と千尋の神隠し』の始めのほうのシーンで、涙をこぼす千尋にハクが竹皮に包んだ三角の塩むすびをあげるシーンがありますね。千尋は涙を流しながらとめどなく頬張りますが、あれはおいしそうです。
栗原 そうですね。ああいうおにぎりとかで全然いいんですよ。
ーー2022年12月18日に子どものためのレシピブック『栗原心平のキッズキッチン』(世界文化社)を上梓されましたが、そちらに掲載されていたおにぎりの作り方、簡単で忙しい親にもぴったりだと思いました! お茶碗にラップを敷き、そこへごはんをよそって具を入れ、ラップをキュッと捻り上げるんですよね。
栗原 本当はアルミ製のボールだと、ラップがくっつかないからもっと楽にできるんですよ。子どもにおにぎりを教えるのであれば、塩味(えんみ)がどれだけ重要かということも認識させたいですね。塩を使用していないおにぎりと食べ比べてもらうと、「お米って、ちょっとでも塩を入れたらこんなにおいしくなるんだ」という発見が経験できます。
ーーそれもまさに「食育」ですね!
※※※
後編では、ほとんどの親が抱える食の悩みについてや、栗原さんの料理教室に通っている子どもに起きた思わぬポジティブな変化まで、より「食育」に踏み込んだお話をうかがいます。
【information】栗原心平さん初のキッズ料理本が好評発売中!
基礎から応用まで、子どもの段取り力と想像力を育み、子どもひとりで作れる64レシピを掲載。すべての漢字にはふりがなが振ってあるので、低学年の子どもでもひとりで読むことができます。栗原さん自身の子どものころからの料理経験と、小学生男児のパパとしての子育て経験、そしてクッキングスクールの運営を通して学んだことを元に、子どもたちの成功体験の後押しをしてくれます。
栗原心平/料理家
一児の父。ゆとりの空間 代表取締役社長。料理家として活動し、『男子ごはん』(テレビ東京系)をはじめとするテレビ出演、雑誌連載、著書多数。子ども向けオンライン料理塾「ごちそうさまクッキングスクール」を主宰。
(取材・文:有山千春 撮影:松野葉子/マイナビ子育て編集部)