
ジャムおじさんとバタコさんは人間ではない?「アンパンマン」キャラクターデザインの秘密|わたしが正義について語るなら#5
子どもたちに大人気の「アンパンマン」の生みの親・やなせたかしさん。やなせさんと妻・暢さんをヒロイン夫婦のモデルとして描くNHK連続テレビ小説『あんぱん』もはじまり、今あらためて、その生き方に注目が集まっています。今回は、やなせさんがキャラクターデザインに込めた想いを紹介します。
\やなせたかしさんの半生と、「アンパンマン」のもとになった考え方/
正義とは何で、正義の味方とはどのような人なのか。
戦争を生き抜き、「アンパンマン」をはじめ数々の絵本や作詞で名作を残したやなせたかしさんは、90歳のときに、正義についてあらためて考えた一冊を遺しています。
「今、ぼくたちが生きている社会は、世界の戦争や環境問題、不安な政治、殺人事件、怒りの気持ちになることが毎日起こっています。
でもぼくは多くの人を喜ばせたい。」
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子どもたちが大好きな「アンパンマン」は、登場するキャラクターの多さも魅力です。多彩なキャラクターはどのように生み出されたのでしょうか。書籍『新装版 わたしが正義について語るなら』(ポプラ社)から一部抜粋してお届けします。
キャラクターが良ければ物語は面白くなる

キャラクターを考えるのは、とても難しいですよ。みなさんもやってみると分かると思います。我々はみんな似たような顔をしていますね。目が二つ、鼻が一つ、口が一つ。違うといってもせいぜい数ミリメートルの位置の違いで、五センチメートルも違うということはないんですね。でもみんな違う。
アンパンマンのキャラクターは、最初は食べ物だけにしようとしていたのだけど、だんだんそれだけでは間に合わなくなってしまいました。今では食べ物以外のキャラクターもたくさんいて、全部合わせると二千を超えています。
キャラクターを作る時に、動物を擬人化してしまえば個性を作るのはやさしいんです。犬と猫、馬は明らかに違いますから、簡単に描き分けることができる。
しかし何十人の人間の個性を絵で描き分けるのはとても難しいんです。ぼくの絵にはぼくの個性がありますから、ぼくが描く絵は目が似ていたり、どこか「やなせタッチ」になります。
ましてや、これが美女を描くとなるとさらに難しい。自分の好きな女性の顔がありますから、あまり変化させにくくて、恋人とか近親の人に似てしまうんですね。
他のアニメを見ていても、美女の顔はあまりうまくないように思います。人形みたいにパターン化している。ディズニーでさえそうです。
アンパンマンの中には、美少女が相当数登場しているんですよ。
ところでみなさんは気がついているかどうか分かりませんが、アンパンマンシリーズに出てくるキャラクターは、基本的にコンパスで描ける円にしています。
作りやすい。描きやすい。間違いがない。クレヨンしんちゃんのような変形したかたちは、なるべく使いません。
こけしは同じ基本型の上に描いていきますが、それと同じ。基本型は同じだけれど、それに違う個性を持たせていくというやり方です。これはなかなか難しいのですよ。

それからもうひとつ言うと、アンパンマンはアニメとしてはひとつの大きな挑戦をしました。普通アニメと言っているのは、動画か漫画映画のことです。
アニメでは、人間よりも動物を動かす方がやさしいと言われています。ディズニーは俳優を使って動画を撮影し、それをアニメ化するという方法をとりました。
人間は人間に演じさせて、背景と動物はアニメにする。それを合成して作った映画が「メアリー・ポピンズ」です。
動物は擬人化してしゃべらせることができます。逆に、人間は漫画化することになります。こうすれば、両者は同じ画面で共演することができるのですね。動物は動きを誇張することで面白くなります。
アンパンマンをアニメ化する時、ぼくはスタッフに言いました。
「ジャムおじさんとバタコさんは、人間のかたちをしているけれど、妖精のような存在です。その他の学校の先生や子どもたちは、みんな擬人化した動物にしてください。そうでないと、この非現実的な話には、不自然なところが出てきます。アンパンマンという架空のバーチャルランドでのみ成立するわけですから、人間らしいものは、できるだけ排除します」
ぼくは、宮崎駿(みやざきはやお)のアニメを尊敬しています。
でも、彼とはまったく別の方向で、アニメを作る上でひとつの革新を試みたいと思いました。それで指を全部省略して、げんこつのかたちにしたのです。
ディズニー映画は指が四本で作られています。指が五本ではなく四本になるだけで、アニメーターはずいぶん楽になります。四本指は静止していると不自然ですが、動いていると見ていても少しも苦になりません。
ぼくのアニメでは、犬や猫の手は、よく見れば指がわかれていますし、人間だって必要な時には、パッと五本の指になりますが、一見げんこつ風です。
こうすると人形化する時も、着ぐるみも、実に作りやすい。しかし、このことに注目する人は、誰もいません。つまり、少しも不自然でないということだと思っています。
「どうだ、楽だろう」と、ぼくはアニメーターに言いました。
「いや、助かります」が答えでした。
少し自慢話みたいになってしまいました。ごめんなさい。
さて、物語は良いキャラクターを作れば自然にできてきます。みなさんがテレビドラマやお芝居を見たり、本を読む時に、なぜそれが面白いか考えてみてください。
答えの一つはキャラクターです。キャラクターが成功している場合は面白いんです。キャラクターがうまくできれば、お話は面白くできていく。ですからキャラクターは重大なんですね。
今までも名作と言われているものは、キャラクターが素晴らしいものが多いです。池波正太郎(いけなみしょうたろう)が書いた時代小説の名作『鬼平犯科帳(おにへいはんかちょう)』だって、放火や凶悪犯を取り締まる火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)の主人公長谷川平蔵(はせがわへいぞう)に対抗してキャラクターが動き始める。全部で百三十五作も続いています。そうしてお話ができていくということなんですね。
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この続きは、是非書籍でご覧ください。


※本記事は、『新装版 わたしが正義について語るなら』著:やなせたかし/ポプラ社 より抜粋・再編集して作成しました。