【医師監修】妊婦は猫を飼っちゃダメ? トキソプラズマ感染のリスクと予防方法
妊娠したとき、注意したいのがトキソプラズマ症。しかし、妊娠前から飼っている猫から感染する可能性はかなり低いようです。怖がりすぎることなく、感染のリスクと予防法を正しく知って、愛猫に癒されながらの妊娠生活を満喫しましょう。
猫を飼っている人が妊娠したら気を付けたいこと
「妊娠中は猫に注意」と聞いたことはありませんか? 猫の糞が感染源になる感染症があり、妊娠中に感染すると胎児に影響が出ることがあるため、このように言われています。
トキソプラズマ症に注意が必要
猫から人へ感染する病気はいくつかありますが、妊娠中に注意したいのはトキソプラズマです。
トキソプラズマ原虫という寄生虫による感染症で、通常は感染しても無症状で治療も必要ありません。一部の人でリンパ節の腫れ、発熱、体調不良などの症状があらわれることがあり、免疫機能が低下している人の場合、脳炎や肺炎、眼の炎症などといった重度の症状をおこすこともあります。
なお、トキソプラズマ原虫は、ほぼすべての哺乳類と鳥類に感染します。
妊娠中に感染するとどうなる?
通常は感染しても無症状で終わるトキソプラズマですが、「妊娠中に初めて」感染すると、寄生虫が胎児に移動することで、流産や死産、生まれた子どもの先天性トキソプラズマ症を引き起こすことがあります。
逆に言えば、過去に感染したことがある女性は怖がることはありません。しかし、現代の日本では感染せずに大人になった人がほとんどです。
感染した母体から胎盤を通して胎児に感染する確率は、幅がありますが6~80%とされています。胎内で感染しても約90%の赤ちゃんは不顕性感染といってとくに症状のない状態で生まれてきますが、約10%は「先天性トキソプラズマ症」といって、トキソプラズマによって引き起こされたさまざまな症状を示します[*1]。
先天性トキソプラズマ症の場合、新生児期に、眼の炎症(網脈絡膜炎)、脳・神経の異常、黄疸や発疹、リンパ節や肝臓・脾臓の腫れ、貧血、低出生体重児などの症状が現れます。
なお、胎児への感染率は感染時期が妊娠期間の後期に近づくほど高くなりますが、妊娠初期に感染した胎児の方がより重症となる傾向があり、全妊娠期間を通して注意が必要です。
先天性トキソプラズマ症の出生数は、1万分娩あたり1.26人と推計されており[*2]、疑わしいケースも含めて増加傾向にあると言われています[*3]。
日本国内での感染は生肉または土を口に入れたことによるものが多く、のちほど詳しく説明しますが、猫から感染した結果の先天性トキソプラズマ症はずっと少ないのではないかと言われています。
どうして猫に注意が必要?
トキソプラズマ原虫はほぼすべてのほ乳類・鳥類が感染しますが、ネコ科の動物の体内だけで増殖するという特徴があり、世界中の猫がいる地域に存在しています。
トキソプラズマ原虫は猫の腸内で増殖(有性生殖)してオーシストと呼ばれる卵のような形態になり、便と一緒に排出されます。このオーシストが含まれる猫の糞に触ることで経口感染する可能性があるので、猫に注意が必要と言われているのです。
感染する確率は?
トキソプラズマは、実は猫のウンチからよりも、豚肉などの加熱が不十分な肉を食べることが、感染経路として重要視されています。ほ乳類・鳥類の筋肉の中にトキソプラズマ原虫はいるため、表面だけ加熱してもダメなのです。
また、オーシストは環境中でも一定期間感染力を失わないので、水や土などから感染することもあります。
よって、加熱不十分な肉を食べない、井戸水や沢の水などの生水を飲まない(沸騰させれば大丈夫)、土いじりをしたら手を洗う、などの対策をとることで、トキソプラズマに感染するリスクを下げることができます。
日本の妊婦さんのトキソプラズマ抗体陽性率、つまり過去にトキソプラズマにかかったことのある人の割合は7.1%という報告があります。また、日本でのトキソプラズマ抗体の陽性率は低下傾向にあるとされています[*3]。
猫から人に感染する確率について詳細なデータはありませんが、それほど多くはないと考えられます。なぜなら、まず、猫が糞中にオーシストを排出するのは初感染した場合のみ。そして、その場合でも、糞中に排出されるのは感染後の1〜3週間だけだからです[*4]。また、糞中に原虫が排出されていても、経口感染するようなことをしなければ、猫から感染することはありません。
トキソプラズマの感染を予防するためには
妊娠中の感染を予防するための注意点をご紹介します。
妊娠中は猫を飼ってはいけない?
猫も大切な家族。妊娠したからといって、簡単には手放せませんよね。下に挙げる注意点を守れば、そのまま飼っていて大丈夫。ただし、妊娠中に新しく猫をお迎えすることは避けましょう。
猫と暮らすうえでの注意点
妊娠中も猫と安心して暮らすために、以下の注意点を守るようにしましょう。
・排泄物処理の注意点
猫のトイレはこまめに掃除してください。もし猫の糞にオーシストがあった場合、成熟して感染力を持つまでに24時間以上かかるので、1日2回の掃除ができれば理想的です[*5]。
可能ならば、妊娠中は猫のトイレ掃除は他の家族にお願いして、妊婦さんは排泄物の処理を行わないようにしましょう。捨てる時はビニール袋に入れ密閉して処理します。庭に埋めると、そこの土から感染する可能性があります。
どうしても妊婦さんが糞の処理を行う必要がある場合は、使い捨ての手袋とマスクをして、終わったら石鹸を使ってよく手を洗い、口から糞が入らないようにしましょう。
・飼育環境の注意点
トキソプラズマ以外の感染症や事故を避けるためにも、猫は室内で飼育するようにしましょう。脱走にも注意してください。猫を室内で飼育する際のポイントは、下記の資料が参考になります。
・猫にトキソプラズマを感染させないための注意点
猫がトキソプラズマに感染しないために、生肉や加熱が十分でない肉は与えないようにしましょう。湧き水、井戸水、雨水などトキソプラズマ原虫を含む土が混じっている可能性のある水も飲ませないようにしてください。
また、室内飼いの猫は脱走させないようにしましょう。脱走すると、外で生水を飲んだり、狩りをしたりして感染する可能性があります。もともと外にも出している猫の場合は、既に感染している可能性が高い(つまり、糞にトキソプラズマ原虫を排出する時期は過ぎている)ので、そんなに気にしなくても良いかもしれませんが、念のため糞の処理には気をつけましょう。
・ほかの猫にも要注意
妊娠中は外飼いの猫や野良猫、特に子猫との密な接触は避けましょう。また、妊娠中にトキソプラズマの感染状況がわからない新しい猫を飼ってはいけません。
猫以外の注意点
すでに紹介したように、トキソプラズマ原虫は環境中の水や土、生肉にも存在するので、感染を予防するためには、飼い猫以外にも気をつける点があります。
・︎ガーデニング、砂遊びは避ける。どうしてもガーデニングをする場合や上の子の砂遊びに付き添う場合は、手袋をして直接土や砂に触れないようにする。終わった後は石鹸も使って十分に手洗いを。
・砂場にはカバーをかける
・生肉を食べない。肉類は十分に加熱し、中心部までしっかりと火が通ったものを食べる。
・野菜や果物はよく洗い、なるべく皮をむいて食べる。
・︎井戸水や湧き水は加熱してから飲む
トキソプラズマの抗体検査
トキソプラズマは妊娠中に初めて感染した場合に胎児に移行する可能性があるので、妊娠前に感染したことがない、つまり抗体がない場合に特に注意が必要となります。感染したことがあるかどうかは、抗体検査で確認することができます。
妊婦の抗体検査
日本の産院では、トキソプラズマ抗体検査は任意で行う検査になっていますが、心配な場合は、妊娠前に希望して検査を受けておきたいものです。感染時期が妊娠前であれば、妊娠中に胎児に感染することはないので安心できます。
もし、妊娠してからの抗体検査で陽性であれば、さらに詳しい検査をして感染時期を推定します。
猫の抗体検査
猫がトキソプラズマに感染した場合もほとんどが無症状で症状が出ても軽いため、症状から感染の有無を知るのは難しいです。室内で飼育していても、猫が生肉を食べたり、狩りをして小さな生き物を食べたりすると感染することがあります。
猫の抗体検査は動物病院で受けることができます。自分の猫の感染の有無が気になる場合は、かかりつけの動物病院で相談してみましょう。猫の抗体が陽性であれば、トキソプラズマを排出する期間はすでに終わっていると考えられます。一度感染した猫がトキソプラズマに再感染しても、すでに抗体を持っているのでふたたび感染源になる可能性は低いと考えられています。
猫が陰性であった場合は、前述したトキソプラズマに感染させないための注意点を守るようにしましょう。
トキソプラズマ以外の感染症にも気をつけて
「猫ひっかき病(バルトネラ症)」、「パスツレラ症」など、猫から人にうつる病気は他にもあります。トキソプラズマ以外の病気でも、やはり妊娠中の感染は避けたいもの。普段から、猫との過度なスキンシップは避ける、猫ではできるだけ外へ出さない、糞便の処理に注意するといった基本的な感染症対策は怠らないようにしましょう。
まとめ
トキソプラズマは、猫の腸内で増殖して便と一緒に排出されるという特徴があります。ただ、便に排出されるのは猫も初めて感染した場合のみなので、猫から感染する可能性は多くはないと考えられています。
それでも万が一を考える場合には、猫を飼っている妊婦さんは妊娠前にトキソプラズマ抗体検査を受けておくと安心です。それによって、妊娠中の猫への対応法を判断できます。また、感染の可能性があっても、餌や糞便の処理など、飼育に関する注意点をしっかり守るようにすれば、赤ちゃんに感染することはほとんどありません。猫と一緒の妊婦ライフをともに健やかにすごすためには、ちょっとした工夫が必要なことを覚えておきましょう。
(文:佐藤華奈子/監修:太田寛先生)
※画像はイメージです
[*1]病気が見えるvol.10 産科, p223, メディックメディア, 2018.
[*2]産婦人科診療ガイドライン―産科編2017/公益社団法人日本産科婦人科学会, CQ604(345p)妊婦のトキソプラズマ感染については?
[*3]時事メディカル 妊婦は注意、トキソプラズマ症 子どもに重い障害も
[*4]CDC トキソプラズマ症のよくある質問(FAQ)
[*5]埼玉県獣医師会 猫のトキソプラズマ症
[*6]国立感染症研究所 妊婦さんおよび妊娠を希望されている方へ トキソプラズマの感染源
※この記事は、マイナビ子育て編集部の企画編集により制作し、医師の監修を経た上で掲載しました
※本記事は子育て中に役立つ情報の提供を目的としているものであり、診療行為ではありません。必要な場合はご自身の判断により適切な医療機関を受診し、主治医に相談、確認してください。本記事により生じたいかなる損害に関しても、当社は責任を負いかねます