壮絶な双子育児の末、家族が笑顔でいるために作ったルール 黒石夫妻の場合 #共働き夫婦のセブンルール
世の共働き夫婦は、どう家事を分担して、どんな方針で育児をしているんだろう。うまくこなしている夫婦にインタビューして、その秘訣を探りたい。そんな想いから、今回の企画はスタート。それぞれの家庭のルールやこだわりを7つにまとめ、その夫婦の価値観を紐解いていきます。第3回目は、双子女児のパパとママである黒石夫妻のお話。
妻の真希子さんはもともと、明るくてパワフルで、まわりまで元気にさせてくれる女性だ。穏やかな性格の宏さんとは仕事を通じて知り合い、結婚。真希子さんが担当していた雑誌が終了するタイミングで、「ストレスを減らし、妊娠しやすい身体作りをしたい」と会社を辞め、フリーランスに。その数年後に自然妊娠で授かったのは、まさかの双子の女の子だった。
子どもはかわいかったが、初めての育児で双子は荷が重かった。夜も双子が交代で泣いて起きるため、真希子さんは1時間とまとめて寝られない。睡眠不足が何カ月も続き、疲弊し切った彼女はある日、泣き止まない娘を抱えてこう考える。
この子を床にたたき落としてしまえば、泣き止むだろうか―――。育児ノイローゼだった。
我に返った真希子さんは、宏さんの前で号泣した。子どものように泣きじゃくる妻を見て、宏さんは悟る。この妻を、大切な子どもたちを、死ぬ気で守るのが自分の役目だと。
その後、夫妻は粉ミルクを活用して夜も交代で起きて授乳し、宏さんは寝不足のまま仕事に出かけるようになった。2人は「このころの記憶は、ほとんどない」と声をそろえる。「本当に大変だったのは1歳まで。夫婦一緒に乗り切った感は、すごくあるよね」と、宏さんの顔を見ながら真希子さんは言う。心の底から出たようなその言葉に、同じ女性として、母として、じんときた。つらかったね、本当によかった……。
前置きが長くなったが、これから紹介するのは、壮絶な乳児期の双子育児を乗り越えた夫婦が、家族が笑顔でいられるために生み出したセブンルールだ。
7ルール-1 兄弟ゲンカには介入しない
双子は現在、4歳。3歳ころまでは、「ママ、○○が叩いた」「ママ、××がおもちゃを貸してくれない」と、泣きながらひっきりなしに訴えてきた。真希子さんは、その度に家事の手を止めて介入してきたが、最近は「ママは2人のやり取りを最初から見ていたわけではないから、わからないの。2人で話し合って解決してね」と、2人に委ねている。
「年齢が違えば、『お姉ちゃんなんだから』と言えたかもしれないけど、双子だと立場も幼さも平等。どちらも譲れなくて、聞いているこちらも困ってしまうし、疲れてしまいます。だったらもう、双子の中でルールを作って解決してもらおうと思ったんです」(真希子さん)
もちろん、最初から丸投げしたわけではない。なぜケンカになったのか、それでどういう気持ちになったのか、どうしたら解決できるのか。何度も一緒に考えて、徐々に子どもたちに委ねるようになった。
「今では、『昨日は私が先だったから、今日は○○が先ね』と、お互いが納得できるようになっています。ケンカ自体も減りましたね」(真希子さん)
ママもラクになり、子どもたちは譲り合いや交渉力が身につけられる、いいルールだ。
このルールを決めたのは真希子さんだが、宏さんとよく「何事も自分で考えられる子に育ってほしい」と話していたことが背景になっているという。
7ルール-2 お金の管理はパパが担当
お互いに「感性が近い」という黒石夫婦。双子に選ぶ服の趣味をはじめ、細かいところまで好みが似ているため、育児方針で意見が異なることもほとんどないという。2人とも兄弟のいる共働き家庭で育ったせいか、金銭感覚も近い。だからこそ、お互いを信頼して、お金の管理は得意なほうに任せている。真希子さんはどちらかと言えば、どんぶり勘定な性格。つまり、宏さんが担当だ。
「これは自分の仕事」と決めた宏さんは、まずお金に関する本を読み漁った。職業柄、本を毎月何冊も購入するので、苦ではなかったそう。そして、クレジットカードの履歴から何にいくら使っているのかを細かく把握。入金用と出金用の口座を分けるなど、自分に合った方法を選んで管理している。つみたてNISAなど、資産運用もパパ主導だ。
「子どもがいたら、お金の管理は絶対必要ですから」と意気込む宏さんと、そこは完全に宏さんに委ね「私はお金の管理が苦手だから、本当に助かっています」と穏やかな笑顔を見せる真希子さん。
我が家もそうだが、パパが得意なことを担ってくれていれば、たとえママのほうが多少、細かい育児負担が多くても納得できる。「家族がお金の心配をせずに楽しく暮らせるように」という宏さんの想いは、真希子さんにもしっかり伝わっているようだ。
7ルール-3 ママの食事作りの負担を減らす
仲良し夫婦でも、言わないと気づけないこともある。育児の場合は特にそうだ。小さなタスクの積み重ねや、目に見えないストレスが、いつの間にか膨大な負担になっていることも多いからだ。
真希子さんもある日、宏さんに相談した。「朝、もうちょっと手伝ってもらえないかな」。
双子が幼稚園に通うようになり、真希子さんもフリーランスとしての仕事が軌道に乗りはじめていた。真希子さんは双子を寝かしつけたあと、双子と宏さんの翌日のお弁当作り、夕飯の作り置きをし、アイロンがけや、掃除などの家事を片付ける。それからまた夜遅くまで仕事をする毎日だったからだ。
少しでも真希子さんの睡眠時間を確保するため、水曜は宏さんに子どもたちの朝食作り、身支度、バス停への送りまで担ってもらうことにした。
「いつもスクランブルエッグを作っています。双子の髪を結ぶのだけは、どうしてもうまくなりませんけどね(笑)」(宏さん)
週末に必ず1、2回は外食をするのも習慣となった。
「僕は水曜の朝だけで済みますけど、土日こそ食事の準備が大変。だから、少しでも妻の精神的な負担を軽くしようと思って」(宏さん)
「土日も夫に食事作りをお願いすると、夫の時間もなくなっちゃいますから」(真希子さん)
ちなみに我が家も外食はするが、週に何回と決めてはいない。家族での外食はお金もかかるため、疲れていても我慢して作ったり、「今日はあなたが」と押し付け合ったりしてしまう。その点、黒石家では夫婦がきちんと相談し、お互いに納得しているからこそ、外食も迷わず、心置きなく楽しめる。
水曜の宏さん担当の朝もしかり。つらいときに急に頼むより、どうせならルールとして決めてしまったほうが、お互い気持ちよく分担できる。
7ルール-4 アートや科学にたくさん触れさせる
赤ちゃんと外出すると、ミルクやおむつ、眠くてぐずるなど、忙しいもの。それが双子となると、たいていのママはぞっとするか、思考停止するに違いない。単純に「外出なんてどうやってするんだろう……?」と疑問に思う人もいるだろう。
黒石家の場合、選んだのは「外出しない」ことだった。買い物もネットスーパー中心で、夫の仕事が休みの日以外、真希子さんは子どもたちと家に引きこもっていた。
「正確に言えば、幼い双子を連れて、私ひとりではとても出かけられなかったんです」(真希子さん)
そんな真希子さんが、双子が1歳を過ぎたころからようやく子連れで行けるようになったのが図書館だ。
「ゆっくり選んでいる時間はないから、『棚のここからここまで』とざっくり選んで、即行で借りて家に帰ってきましたね。それでも、外出すると気分が変わるし、私自身が絵本を読みたかったんです。もちろん、子ども向けの本ですが、読み聞かせの間は育児中で唯一、インプットできる時間でした」(真希子さん)
これはわかる。普段、特別に“意識高い系”じゃなかったとしても、ひたすらおむつ替えと授乳で1日を終える育児中には、何でもいいから育児以外の情報や知識が欲しくなる。私はよく、育児の合間にスマホでどうでもいい芸能界のゴシップ情報を追っていた。
趣味で「美術検定」を受けるくらいアートが好きな真希子さんは、ゴーギャンやフェルメールなど、名画を紹介する子ども向けのアートブックをたくさん借りて子どもたちと楽しんだ。そんな美術系の絵本のほか、大ベストセラーに新作の絵本、図鑑や英語の絵本なども合わせて、「1年間に約6,000冊近く読み聞かせした」というから驚く。
「『くれよんのくろくん』や『11ぴきのねこ』などのシリーズものの絵本や、月刊の『かがくのとも』などは、ひとつ気に入ればゴソッとまとめて借りて、冊数を稼いでいました(笑)。本当に、双子がいつ泣き出すかわからないヒヤヒヤした状態で図書館に行っていたので、こうしてまとめて借りられる本には、本当に助けられました」(真希子さん)
双子は、本はもちろん、絵を描くのが大好きになった。グラフィックデザイナーである宏さんも当然、アートは好きなので、夫婦で自宅に子どもたちの「壁美術館」を作り、100円ショップの額縁をアレンジして双子の絵を飾っている。
天気や惑星、科学系、動物の生態に関する絵本もよく読んだ。成長した今では、家族で博物館やアートイベントに出かけることも多いという。
双子育児でほかに外出ができなかったから、という理由もあっただろう。デメリットをプラスに変える、そのパワーは本当にすごいなと心から感心した。
7ルール-5【夫】子どもがすることは、とにかくほめる
子どもにもそれぞれ得意や不得意がある。ただ、それを伸ばすときには、親の影響もあるだろう。
宏さんのマイルールは、「子どもがすることは否定せず、とにかくほめること」だ。
「自己肯定感を育むためにも、できるだけダメと言わずにやりたいことをさせてあげたい。自分がグラフィックデザイナーで、好きなことを仕事にできているから、余計にそう思うのかもしれません」(宏さん)
双子が絵を描いて見せてきたらまず、「えっ、これ○○が描いたの? 本当に? すごいなぁ」と驚いてみせる。そして、「この色の組み合わせは、すごくいいね。ここに空白があるのがカッコいい」と、デザイナー視点で気づいたところを次々にほめる。
「夫は本当にほめるのが上手。私だとつい、『ここはこうしたほうがよかったんじゃない?』と言いたくなっちゃうんですけど、夫はいいところだけを選んでほめるんです」(真希子さん)
「最初に驚くのは演技なの?」という真希子さんに、「いやいや、本心だよ」と宏さん。確かに壁美術館の子どもたちの絵を見ると、ほめて伸ばす効果はてきめんなのだろうと思う。
7ルール-6 双子語録と寝相写真を記録する
子どもは、大人や兄弟が言っていることを真似て言葉を覚えることが多い。その点、双子だとおもしろいことが起きるそうだ。「お互いの喃語を正しい言葉だと勘違いして(またはおもしろいと思って)使うようになる」らしい。
たとえば、10カ月くらいのころ、双子たちが「お腹がすいた」を表す言葉は「ガーヤー」だった。「たぶん、どちらかが先に言い出して、もう片方が『ああ言えば、食べ物が出てくる!』と思ったのでしょう(笑)」と真希子さん。2人でモノに不思議な名前をつけることもあり、ブロックで作ったロボットは、なぜか長らく「ギーバババくん」と呼ばれていた。
双子だからか、トランプの絵札のようにぴったり線対称になったり、まったく同じ格好で寝ていたりすることも多い。そんな寝相写真や双子語録は、夫婦に笑顔や、ときに爆笑をもたらしてくれる。
だから、記録することにした。といっても、大げさなものではなく、双子語録はスマホのメモ帳に、寝相写真は他の写真と一緒に撮りためている。
すべては、「将来、私たちがおじいちゃん、おばあちゃんになってから夫婦で見て笑うため。ネタ集めと思うと、やる気が湧くんです」と、真希子さんは明るく笑う。
7ルール-7【妻】全力でふざける
そもそも、真希子さんは楽しいことが大好きだ。何より夫の宏さんを笑わせることが、もはや生きがいになっている。
「思った通りのリアクションをしてくれるから、うれしくて(笑)。毎回、『そうそう、それ! 待ってたよ~!』と思う反応をしてくれるんですよ」(真希子さん)
旅行では、必ず真希子さんだけ被り物や顔はめパネルで写真を撮る。その写真をベースに、わざわざ“雑コラ”(雑に作ったコラージュ)を作って、宏さんのLINEに送り付ける。
宏さんが家で仕事をしている日には、双子に「パパの部屋に行こうよ」と言って誘い、突然宏さんの部屋のドアを開けたと思ったら、寸劇をして立ち去る。双子たちも楽しいことが大好きだが、常に双子を上回るパワーで真希子さんが笑いを取りに行く。
前述の双子語録の記録も、実は結婚前に2人で真希子さんが言う“おもしろ寝言”を記録していたことから思いついたことだそう。夫婦でそのころの記録も振り返りながら、キャッキャと笑っていて、楽しそうだ。
冒頭で書いたように、真希子さんの笑顔は人を元気にする。「ママが笑っていると、家が明るくなっていいですね」と私が言うと、「それは本当にそうですね。新しいことを思いついては笑わせに来てくれるから、飽きないんです」と、宏さんが愛おしそうに答えてくれた。
彼らの7ルールを一言で言うと……?
黒石夫婦のセブンルールを貫いているのは、「家族が笑顔でいるため」ということだ。
妻は夫が、夫は妻が笑顔でいられるようにルールを決め、笑顔の障壁となるものはできるだけ取り除き、笑顔を生んでくれることには積極的に行動する。真希子さんが全力で宏さんのウケを狙いに行くのもそのためだ。
宏さんが笑っているのを見て真希子さんも笑い、両親の笑顔を見て子どもたちも笑う。なんていい家族だろう、と素直に思う。
感性が近い黒石夫婦は、争うことはしない。それでも、お互いに本音で話し、本気で家族のことを思い合っている。これには、双子が乳児期の壮絶な時期、どうしてもママばかりに負担が偏ってしまいがちな時期を、2人で乗り越えたという実感が影響しているのだろう。お互いを労わり、認める気持ちがあるからこそ、わざわざ膝を突き合わせて話し合う時間を作らなくても、2人にとって無理のないルールが自然発生的にできてくる。
家族の形がそれぞれであるように、夫婦のセブンルールも千差万別。黒石夫婦が「笑うこと」であるように、自分たちにとって一番大切なのは何なのかを夫婦で考えてみることが、ルール作りの初めの一歩なのかもしれない。
(取材・文:中島理恵、撮影:梅沢香織、イラスト:二階堂 ちはる)