【弁護士監修】不妊で離婚はアリ? 離婚相談の実例と知っておきたいポイント6つ
不妊や妊活をきっかけに離婚を考え始める例は多いようです。では、不妊だけを理由に夫と離婚することは可能? 逆に、不妊を理由に夫から離婚をつきつけられたら? 年間300件以上の離婚相談を受ける弁護士法人丸の内ソレイユ法律事務所の代表弁護士、中里妃沙子先生に、不妊での離婚相談の実例と、法律上のポイントをお聞きしました。
- 不妊で離婚はアリ? そもそも不妊症ってどんなもの?
- 不妊をきっかけに妻が離婚を考え始める実例
- ケース①夫の妊活拒否でセックスレス状態に
- ケース②夫が不妊治療を拒否する
- ケース③不妊治療をめぐり、いさかいが起こる
- ケース④夫がかばってくれない
- 不妊と離婚、知っておきたいポイント6つ
- ポイント①不妊治療はしないつもりだったけど……方針変更は裁判で不利?
- ポイント②「不妊」だけを理由に、裁判で離婚を求めることはできる?
- ポイント③不妊で悩む妻がうつ病に。夫からの離婚はできる?
- ポイント④離婚を望む夫に別居を強行されたら、妻に対抗策はない?
- ポイント⑤離婚したい夫の求めに応じれば、妻は慰謝料をもらえる?
- ポイント⑥やっぱり子どもがほしい! 離婚以外の選択肢は?
- まとめ
不妊で離婚はアリ? そもそも不妊症ってどんなもの?
いつか子どももほしいと思って結婚したけれど、このままでは妊娠の見こみが小さいことが判明。こんなとき、夫婦は大きな問題に直面することになります。
不妊治療はするの? するなら、どの段階まで考える? また、養子や里子を検討するのか、それとも夫婦2人の暮らしを充実させるのかーー。
夫婦で、今後の人生のイメージが一致するとは限りません。なかには、不妊をきっかけに「離婚」という選択肢が出てきてしまうことも……。
不妊と離婚に関わる問題について、弁護士法人丸の内ソレイユ法律事務所の代表弁護士、中里妃沙子先生の取材協力、監修を受けて、解説していきます。
不妊症ってどんなもの?
そもそも、どれくらい妊娠しなかったら「不妊」ということになるのでしょうか?
不妊とは、妊娠を望む健康な男女が、避妊をせずに性交をしているにもかかわらず、一定期間、妊娠しないことをいいます。
この一定期間について、日本産婦人科学会は2015年以降、「一般には1年間」としています(それまでは「2年が一般的」としていました)[*1]。
世界保健機構(WHO)でも、2009年以降、「1年以上の不妊期間を持つもの」を不妊としています [*2]。
不妊の人はどれくらいいるの?
日本国内で、実際に不妊の検査や治療を受けたことがある(または現在受けている)夫婦は18.2%。子どものいない夫婦では 28.2%というデータあります。夫婦全体でみると、 5.5 組の 1 組に当たる数字です[*3]。
この数字以外に、不妊に悩みつつも検査や治療を受けていない人もいることを考えると、不妊は非常に身近な悩みということができそうです。
不妊症の3つの原因
不妊症には、おもに3つのケースがあると考えられています。
・女性側に原因があると考えられる「女性不妊」
・原因が特定できない「機能性不妊」
不妊は女性の問題のように思われがちですが、男性側に問題があるケースと、女性側に問題があるケースは、ほぼ半々といわれています。
また、検査をしても2人ともに原因が見あたらない「機能性不妊」の可能性も、夫婦双方に原因がある可能性もあります。
不妊をきっかけに妻が離婚を考え始める実例
不妊や妊活がきっかけになって離婚を考え始め、離婚相談に至るケースには、どんな例があるのでしょうか。実例を見ていきましょう。
ケース①夫の妊活拒否でセックスレス状態に
不妊症が判明する手前で障害になるのが、「夫が妊活に協力してくれない」ケースです。
そもそも、子どもを持つことで合意していたのに、夫は、なぜ妊活をいやがるのでしょうか?
本心では、「まだ2人だけの生活を楽しみたい」と思っているのかもしれません。または、「妻の態度に引いてしまって、セックスする気になれない」「できなかったときのことを考えるとプレッシャーがハンパない」と考えている場合もあります。夫の本心を測りかねるときは、まずは、ゆっくり2人だけで話す機会をもってみるといいでしょう。
ケース②夫が不妊治療を拒否する
夫婦で協力し合わなければ、不妊治療はなかなか前に進みません。しかし、「治療をしてでも子どもが欲しい」妻と、「そこまでして子どもは欲しくない」夫の間でズレが生じることも。夫が「自分に不妊の原因があったら怖い」という気持ちを抱えていたり、検査・治療にともなう精子採取を屈辱的に感じている可能性もあります。
妻からすれば、「あなたに原因があっても責めたりしない。だから、どうしたら子どもを持てる可能性があるのか一緒に考えてほしい」という前向きなアプローチのつもりでも、精子の少なさや勃起不全を明らかにすることは、男性のプライドを深く傷つけることがあるようです。
女性には理解しづらい部分かもしれませんが、「男性にとって、とてもセンシティブな部分」と心得て、夫のコンプレックスを刺激しないように「精子の状態や勃起力にはストレスや体調も影響する。検査結果がよくなくても、それがすべてではない」と、やんわり伝えてみてはいかがでしょうか。
ケース③不妊治療をめぐり、いさかいが起こる
不妊治療が苦しいのは、「望んでいる結果が必ずしも保証されるわけではない」ところです。もちろん、投薬や採卵などの治療自体の負担、金銭的な負担も、長く続けば続くほど重くなっていきます。
心と体への負荷、保険適用外の高額な治療費が家計に与えるダメージ。それらが、だんだんと積み重なっていって、いつしか夫婦仲がギスギスするように……。
愛情にあふれた家庭を築くために治療に踏みきったのに、「もう離婚するしかないの?」と追い詰められてしまう人もいます。
不妊治療にかかるお金のめやすは?
現在でも、「タイミング法」(基礎体温表や尿検査などで排卵日を予測。医師の指示で性行為をする)、「排卵誘発法」(薬物で卵管を刺激して排卵を起こす)には保険適用が認められていて、3割の自己負担で受けることができます。
しかし、採取した精子のなかから良好なものを選んで子宮に注入する「人工授精」が費用相場1回1~2万円であるのに対して、卵子と精子を受精させて子宮に移植する「体外受精」は1回あたり20~60万円と高額です。
ケース④夫がかばってくれない
子どもができない妻が、親せきや周囲の人間から、心ない言葉をぶつけられた、という話は多いもの。そんなときに、いちばんの味方でいてほしいパートナーがまさかのだんまり。「知らんふりをする彼の姿を見て、愛情が消えてなくなりました」と話してくれたのは、27歳で離婚したナナコさん(28歳・仮名)です。
ナナコさんが社内結婚した10歳年上の夫と離婚を決意した理由は、義理の両親からの「孫産めコール」に1人でさらされ続けたことでした。
「激務のストレスもあったのか、結婚して半年くらいで元夫が勃起不全になりました。たとえセックスできても射精に至らないことが続いたんです。3ヶ月くらい経ってからですかね、『お医者さんに行ってみない?』と言ったら、元夫は激怒。その話題に触れることもタブーになって、セックスレスになりました。
でも、近くに住んでいる義理の両親はそんなことはまったく知らないので、口を開けば『孫の顔が見たい』って……。電話やLINEの頻度もすさまじかったです。
言われるたびに、『こればかりは授かりものですから~』って苦笑いでごまかしていたんですが、うちで一緒にお昼ごはんを食べていたときに、義母から『ナナコさん、病院で診てもらったら?』と言われました。
思わず夫の顔を見たら、こともあろうに『うんうん』ってうなずいてたんですよ! はぁー!? 全部、あなたのせいでしょ! って喉まで出かかりました」
ほどなくして、ナナコさんは協議離婚。夫は泣きながら思いとどまってほしいと言ってきたそうですが、「たとえ念願の子どもができたとしても、この人は大事な場面で知らん顔をするんだろうなって不信感がぬぐえなかった。元夫との子どもが欲しい気持ちが氷点下まで冷めました」といいます。
不妊と離婚、知っておきたいポイント6つ
不妊は大きな問題ですが、離婚もまた、軽い問題ではありません。
決断する前に、知っておきたいポイントをまとめてみました。
ポイント①不妊治療はしないつもりだったけど……方針変更は裁判で不利?
結婚前は「子どもは自然妊娠に任せよう」と話し合っていても、アラフォーになった妻が「やっぱり、治療してでも子どもがほしい!」と気持ちが変化することもあります。
・子どもは、何歳くらいまでに欲しい? 何人欲しい?
・自然妊娠できなかった場合、不妊治療はする?
・体外受精なども視野に入れた高度不妊治療までする?
・何歳まで不妊治療を続ける?
子どもにまつわる話は、お互いの働き方やライフプランに大きな影響を与える大切なテーマ。夫婦で、こうした「家族の在り方」を、何度でも話し合って確認しておくことが大切です。
話し合いをおろそかにすると、「不妊治療はしないって決めたはずだ!」と夫とモメる原因になる可能性も。
では、しっかり話し合ってある場合、とりわけ、話し合いの内容を文章にして保存してある場合などで、気持ちが変わったからと、子どもに関する方針を変更することは難しいのでしょうか?
ポイント②「不妊」だけを理由に、裁判で離婚を求めることはできる?
もしも、子どもができないことを理由に夫との離婚を希望したら、夫には応じる義務があるのでしょうか? 夫と妻の立場が逆の場合はどうでしょう?
ポイント③不妊で悩む妻がうつ病に。夫からの離婚はできる?
不妊に苦しんで精神的に落ち込んでしまう女性も数多くいます。不妊治療をスタートしても、治療の影響でしばらく寝こむことが続いたり、受精しなかったときの落胆からうつ状態になってしまう人も。
妻が心身のバランスを崩した場合、夫は妻に離婚を要求できるのでしょうか。
ポイント④離婚を望む夫に別居を強行されたら、妻に対抗策はない?
不妊が法律的な離婚事由としては認められなくても、不妊をきっかけに夫婦仲が悪化の一途をたどることもあります。その状態に耐えかねて、夫が家を出て行ってしまった。この場合、修復する方法はあるのでしょうか?
ポイント⑤離婚したい夫の求めに応じれば、妻は慰謝料をもらえる?
不妊は過失ではありません。だから、本来は妻の不妊だけを理由に夫が離婚を推し進めることは不可能です。しかし、夫がどうしても離婚したいと言い出した。
このケースでは、妻が慰謝料をもらうことはできるのでしょうか。
ポイント⑥やっぱり子どもがほしい! 離婚以外の選択肢は?
つらい事実に直面すると、人はつい視野が狭くなってしまうもの。不妊が判明したケースでも、「子どもができないなら、離婚?」といった極端な話に走りがちになります。
でも、産まなくても育児できる制度もあります。一度、検討してみてもいいかもしれません。
里親制度
子どもを産んだけれど育てられない人と、産めないけれど子どもを育てたい人をつなぐのが、里親制度。里親には、専門的なケアを必要とする児童を養育する専門里親やファミリーホームを含む「養育里親」、「養子縁組里親」、「親族里親」があります。
・養育里親
養子縁組せずに要保護児童を一定期間養育し、一般家庭での生活を経験させる。数週間~1年以内などの短期も可能。原則として0歳~18歳まで(進学しない場合は中学卒業まで)だが、必要に応じて20歳未満まで措置延長できる。
・養子縁組里親
養子縁組を前提とした里親。児童が6歳未満の場合は、特別養子縁組制度によって実子扱いでの入籍が可能(民法817条の2)。子どもとの適合をみるために交流を重ね、審判は6か月の同居期間をみて決定される。
・親族里親
保護者が死亡、行方不明、拘禁、病気などの理由で養育できない子どもに対して、3親等以内の親族(祖父母、伯父・叔父、伯母・叔母など)が里親になる。子どもの精神的な負担を考慮して、養育里親より優先されることが多い。
里親制度を検討する際に、気をつけておくといいのはどんなことでしょうか。
養子縁組にはマッチングまでにさまざまな条件があり、里親よりハードルも高くなります。特別養子縁組では、簡単に関係を解消することもできません。選択肢のひとつに入れながら、じっくりと模索するのがよさそうです。
精子提供
非配偶者からの精子によって人工受精をする「精子提供(AID)」は、19世紀後半にアメリカで始まり、世界各国で行われるようになりました。日本で初めて行われたのは1948年。しかし、70年を経ても精子提供をめぐる法整備は不十分なままです。
いまの日本には精子提供に関する法律自体が存在しません。ドナー(精子提供者)に子どもへの扶養義務が生じる可能性を否定できないため、精子バンクに登録するドナーの数は減少しています。また、日本では、アメリカの一部の州や欧州のように民間の精子バンクの営業が認められていません。
そこで代わりに急増しているのが、インターネット、SNSを介した個人間での精子のやりとりです。マッチングサイトも登場しています。
個人で気軽にトライできる分、「リスクも非常に大きい」と中里弁護士は警鐘を鳴らします。
まとめ
不妊は夫婦が協力しあって乗り越える問題です。どちらかに原因が特定された場合でも、相手に一方的な責任を求めることではありません。
ただし、不妊という大きな問題に直面したときに、夫婦の価値観の違いが浮き彫りになることもあります。どうしてもその違いが埋められないときには、離婚を選択することも現実的にはあり得ます。不妊だけを理由に離婚することは難しくても、別居期間を設けるなど、現実的に離婚を成立させるための方法はあるわけです。
法律や制度を正しく知ることで、自分の身を守り、また、希望の人生を送るための武器にしてくださいね。
(取材・文:暮らしのチームクレア 田中麻衣子/監修:中里妃沙子弁護士/漫画:ニタヨメ)
※画像はイメージです
[*1]日本産婦人科学会「不妊症」http://www.jsog.or.jp/modules/diseases/index.php?content_id=15
[*2]日本生殖医学会「一般のみなさまへ Q2.不妊症とはどういうものですか?」 http://www.jsrm.or.jp/public/funinsho_qa02.html
[*3]厚生労働省「不妊治療について」https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/pamphlet/dl/30b.pdf
[*4]厚生労働省「不妊に悩む夫婦への支援について」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000047270.html
※この記事は、マイナビ子育て編集部の企画編集により制作し、弁護士に取材、および、その監修を経た上で掲載しました
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