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「南海トラフ地震」特別な注意の呼びかけが終了しても「深刻度は変わらない」。いちばん怖いのは「自分は大丈夫」という思い込み!
2024年、元日に能登半島地震が発生したことを皮切りに、日本は自然災害の脅威に否応なく向き合わされました。
8月には宮崎県で震度6弱の地震が起こり、気象庁が「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)に伴う政府としての特別な注意の呼びかけ」をしたことで、全国に緊張感が走りました。
さらに8月末から9月頭にかけて「史上最強クラス」と報じられた台風10号が直撃し、9月には集中豪雨が地震からの復旧復興に取り組む能登半島地震の被災地を襲いました。
今、私たちに必要な「備え」とは何なのでしょうか? 国立研究開発法人防災科学技術研究所総合防災情報センター長の臼田裕一郎先生に聞きました。
■地震災害の深刻度は変わっていない
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――今年、日本は短期間で複数の大きな災害に見舞われています。
臼田裕一郎先生(以下、臼田先生) そうですね。能登半島地震が1月1日に起こったことで、「社会の動きと関係なく、災害は起こる」ことがあらためて認識されました。台風に関しても、「途中でコースが変わって日本を避けて通りすぎてくれるだろう」なんて楽観的に考えたくなったとしても、こちらの希望を聞いてくれないのが災害なんです。
ーー8月の気象庁の呼びかけには、「ついに南海トラフが!?」と身構えましたし、恐怖を覚えました。
臼田先生 びっくりしますよね。でも実は、このように特別な呼びかけがされてもされなくても、南海トラフ地震の深刻度自体はもともと大きいことに変わりはないんですよ。
ーー急に深刻化したわけではないということですか?
臼田先生 はい。もともと発生が懸念されている地震なんです。今回の臨時情報はあくまでも、「みなさんちゃんと備えていますよね? あらためて備えを再確認しましょう」という注意のお知らせでした。
ーーそうでしたか!
臼田先生 ひらたく言うと、「このエリアでこの規模の地震が起きたら臨時情報を発信する」という決まりに沿ったものなんですね。臨時情報にもいろいろあって、今回は「注意」でしたが、もうひとつ上のランクには「警戒」というものもあります。そうなると、対応もまた変わってきます。
■必ず持ち歩きたいものとは?
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ーーただ、報道直後はみんな焦ったと思いますが、自分も含め、喉元すぎれば熱さ忘れる、といいますか……。
臼田先生 わかります。しかし、一週間が経過して呼びかけ終了となっても、「備えを解除して大丈夫ですよ」ということではありません。いつ発生してもおかしくないという状況は変わらないので、備えは常にしておく必要があるんです。
ーー食料品の備蓄や防災バッグなどですね。実はあれこれ備えておきたくて、リュックが重すぎて背負えないほどパンパンに詰め込んでしまうこともあります(苦笑)。中身の取捨選択はどうすればいいのでしょうか?
臼田先生 これが難しいんです。旅行と同じで、「荷物をたくさん持っていきたい人」と「コンパクトにしたい人」がいると思うのですが、これはそれぞれの安心感によります。たくさん持っていきたい人にとっては、その持ち物全部が必須なんですよね。であれば、そのタイプの人はバッグを大きくするしかないと思います。
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ーー臼田さんご自身はいかがですか?
臼田先生 私はこじんまりさせたいタイプで、妻は何でも詰め込みたいタイプ。本当に人によるんです。ひとつポイントを挙げるとすれば、「これを持っていないと自分が辛くなる」と思うものは、自宅用の防災バッグよりも、むしろいつでも持ち歩いていたほうがいい、ということ。いつどこで被災するかは、誰にもわからないからです。
ーー常に持ち歩いたほうがいいものというと、たとえば……コンタクトレンズなどですか?
臼田先生 そうです、持病の薬や携帯トイレなど「1日でもこれがないと困る」というものですね。私の場合はモバイルバッテリーです。通信ができないと不安でたまらないし、仕事にもならないので、いつも複数持ち歩くようにしています。
■“我が家の場合”を想定しておくこと
ーー「いざ避難」となるとき、警戒レベルは1~5まで設定されていますね。1「災害への心構えを高める」、2「避難行動の確認」、3「高齢者等は避難」、4「全員避難」で、5「命を守るための行動」とあります。「じゃあ警戒レベル4になったら避難所へ行くのがいいのかな?」と思ってしまいますが。
臼田先生 それは人それぞれなんです。どのレベルのときに自分が避難すべきか、自分が置かれた状況などに応じて選択することが重要です。たとえば、健康な大人1名ならレベル4で避難すればいいけれど、「足を怪我している」「高齢者と一緒に住んでいる」「雨が降ったら水が溜まりやすい場所にいる」ケースなど、レベル3で避難したほうがいい場合もあります。
自分の住む場所ではどうなのか、自分たち家族の場合はどうなのか、正解はひとつではないので、それぞれ自ら考えておいてほしいです。
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ーーどの段階でどこへ避難すべきか、あらかじめ調べて知っておくことが大切ですね。
臼田先生 ひとつ、見習うべき事例を紹介しましょう。私もこれを聞いて「へええ」と唸ったのですが、とある地方の集落に、独自の避難基準があるんです。それは「雨が降り始めたら、180mlが入る日本酒の空カップを屋外に置き、雨水が1時間で2センチ溜まったら区長に連絡する」というルールです。それを受けて、区長は区民に「警戒を開始」と呼びかけます。そのうえで、「◯◯橋のこの位置まで川の水位が上がった」ら、避難指示が出ていなくても集落全員が「避難を開始」と決めているのです。
ーーこれまでの経験で培ったその土地ならではのルールがあるのですね。
臼田先生 「行政からの避難指示」だけではなく、自分たちで考えて決めることがいちばん重要なんですよ。
■地震発生確率が低いとされている土地でも、大地震が来た
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ーーしかし一方で、私たちは「自分の家は大丈夫だろう」といったように、事態をつい楽観視してしまう“正常性バイアス”を持っています。これにとらわれていると、避難のタイミングを逸してしまう恐ろしさがありますよね。
臼田先生 おっしゃるとおりで、万一に備えて逃げる訓練を常々しておくことが大事です。東日本大震災以降、海沿いの自治体は津波を想定した避難訓練を徹底してやるようになりましたが、徐々に「津波なんてそんなに来ないだろうし、もうやらなくていいのでは」という声も出てきました。
ただ、お正月の能登半島地震の際に聞いた話なのですが、そうしたムードが漂っても流されずに「海沿いに住む者の宿命として、ちゃんと避難訓練はやろう」と言い続けてくれた人がいたそうなんです。そのおかげで今回、能登では津波による直接の被害を受けた人が非常に少なかった。何十年に一回の確率だといわれていたとしても、訓練を継続することが重要なのです。
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ーー「めったに来ないから訓練しなくていい」と思っていると、いざ来たときに対応できませんよね。大人になると学生時代よりも避難訓練の機会は減りますし、いざというときにパニックになってしまいそうです。
臼田先生 日本は、どこでも災害が起こりえます。被災地の報道を見聞きするとき、「これがそのまま、自分の身の回りで起こったらどうなるんだろう」と、常に想像してほしいと思います。
ちなみに、国が「全国地震動予測地図」を公表していますが、それによると能登半島は地震で大きく揺れる確率が比較的低かった。にもかかわらず大きな地震が起きました。一方で、関東は能登よりも確率が高いと示されています。とても楽観視はできません。
ーー1995年に阪神・淡路大震災があった兵庫県も、地震が少ない土地だそうですね。
臼田先生 地震発生確率をはじめ災害の発生可能性(ハザード)に関するマップは「これまで調べてわかったこと」だけが描かれています。わかっていないことやまだ調査していないことは描かれていないので、「描かれていない=安全な土地」ではないのです。「日本はどこにいても地震が起こる」と思っておいたほうがいいですね。「必ず起こる」と思っておけば準備もできるし、心構えもできるのではないでしょうか。
■防災バッグにぬいぐるみが必要なこともある
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ーーそんな心構えのスタートラインとして私たちができることは、防災グッズを揃えるほかにもありますか?
臼田先生 是非、実際の状況をシミュレーションしてみていただきたいと思います。私はスマホやPCで避難体験ができるコンテンツ『スマホ避難シミュレーション』を監修しているのですが、災害発生から避難時までクイズに答えて行動しながら進んでいくので、イメージしやすいのではないでしょうか。
たとえば「地震のあとに、近所で火事が起きている。どうする?」「SNSで、町が水没しているという不自然な画像が投稿されていた。こんなときはどうする?」といったクイズがあります。
ーー絵柄がかわいらしく、親子で一緒に体験してみると良さそうですね。
臼田先生 是非親子で取り組んでいただきたいです。それをきっかけに、我が家の防災について家族で話し合うのもいいと思います。
ーー子どもと一緒に避難する場合は、防災バッグに追加した方がいい物も多いですよね。赤ちゃんの場合は液体ミルクや離乳食、紙オムツ、おしりふきなどでしょうか。もう少し年齢があがると……。
臼田先生 ぬいぐるみやおもちゃなど、一見必要なさそうに思えるものでも、「一緒にいると安心できる」というグッズは大切です。防災バッグは家族の人数分用意して、お子さん用の防災バッグにはその子にとって必要なものを一緒に選びながら入れるといいですね。また、子どもの成長に伴って必要なものは変わりますから、衣替えや年度変わりの時期に、中身を一緒に確認するといいでしょう。いざというときにしっかり行動できるように、意識しておきたいですね。
臼田裕一郎さん
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防災科学技術研究所総合防災情報センター長。1973年長野県生まれ。1997年慶應義塾大学環境情報学部卒。1999年慶大大学院政策・メディア研究科修士課程修了。2001年慶大大学院特別研究助手を務める傍ら博士課程に入り2004年修了。2006年防災科学技術研究所に入所し、2016年から現職。2019年AI防災協議会常務理事(現在は理事長)、2020年筑波大学理工情報生命学術院教授(協働大学院)を兼務。ITを駆使して災害情報を「見える化」し、迅速かつ的確な災害支援につなげる研究をしている。
(撮影:瀬尾直道 取材・文:有山千春)
※本文の誤りを修正いたしました。おわびして訂正します。(2024年10月13日18時08分)