#拝啓、復職前の自分へ 「母親になったら“母”としての人生しかない」と思い込んでいた/吉田明世さんインタビュー(後編)
現在、2児の母親でもある元TBSアナウンサーの吉田明世さん。会社員時代、妊娠中に体調を崩し、担当番組を降板したことに悔しさが滲んだといいます。一方で、フリーとして復職後、子どもの存在が後押しとなり開けた、新たな道とは。
「担当番組降板」すぐには受け入れられなかった会社の決断
ーー第一子出産後の2019年1月末、TBSを退職されフリーアナウンサーに転身されましたが、当初から計画していたのでしょうか。
吉田明世さん(以下、吉田) いえ、考えていなかったです。きっかけは妊娠中の2017年10月、レギュラー出演していた『サンデージャポン』(TBS系)の生放送中に貧血で倒れてしまったことでした。それまでは妊娠後も「仕事命! いただける仕事はすべてやります!」というスタンスでしたが、倒れたことで「ひとりの体と人生ではないんだ。これまでと同じようには働けないかもしれない」と初めて意識したんです。ただ、TBSという会社は大好きでしたし、辞めるなんて思っていませんでした。
でも、その後も体調不良で『サンジャポ』を途中退席したことで、それまで担当していたテレビの生放送番組を全て降りることになりまして。
ーー全降板はすごく悔しかったのではないでしょうか。子どもが目の前にいるならば割り切れるかもしれませんが、まだ見えない、実感もない状態で、その現実を受け入れなければいけないとき、どんなふうにバランスを取りましたか?
吉田 本当にすごく悔しかったです。一度はバランスも崩れました。そのころは、生放送の『ビビット』(同)に月曜から金曜まで出演し、日曜は『サンジャポ』、ラジオ番組『たまむすび』の月曜も担当していました。会社としては、「妊婦を無理して働かせるわけにもいかない」という私の体を思ってのテレビの生放送全降板という決断でしたが、当時の私は未熟で、その決断がなかなか受け入れられなかったんです。
みんなが当たり前にやっていたように、産休前まで今やっているすべての仕事をまっとうし、産休・育休後にまた戻ってこられると思っていましたが、イメージしていた未来がそこで崩れてしまいました。そうなるとすごく悲観的になってしまって。「今まで積み上げてきた、ここまで努力してきたことって、なんだったんだろうな。会社のためにもがんばってきたのにな」と勝手に悲観的になってしまいました。
保育士の資格を取得し開けた、アナウンサー以外の人生
吉田 その結果、今まで仕事に注ぎ込んでいたエネルギーを持て余すようになり、「出産までに目標を立てたい」と思いました。そこで、前から取りたかった保育士の資格を、「取るなら今しかない!」と思い立ったのです。祖母が保育園を運営し、保育士の仕事を身近に感じていました。そこでようやく、あり余ったエネルギーを資格取得への熱意に変えられたことで、悲観的な気持ちを切り替えることができました。
ーーそれからは健全に過ごせたんですね。
吉田 健全だったかは……(笑)。朝から深夜まで机に向かって勉強していたので、赤ちゃんにはよくなかったかもしれないです。出産直前に筆記試験を受け、生後2ヶ月で実技試験があり、翌月に合格がわかったことで初めて「アナウンサー以外の人生もあるんだ。ほかのことにも挑戦できるかもしれない」と意識しました。そこからの決断は早くて、すぐに会社に退職の意志を伝え、育休を取らずに有給消化だけして退職に至りました。
ーーそして2019年2月に現在の事務所に所属され、すぐに復職したのでしょうか。
吉田 そうですね。4月の保育園入園までは母親にお願いしたり、シッターサービスを利用していました。
ーー初めての、子どもを持ちながらの仕事、どんなしんどさがありましたか?
吉田 娘はママっ子。私と離れるときの寂しい気持ちを全力で伝えてくれる赤ちゃんで、そこに罪悪感を覚えました。ただ、フリーランスになったことで不安定ですし、1回1回のチャンスをしっかり掴んで次に繋げないと、「未来がない」という立場なので……。そのプレッシャーは、会社員時代は味わったことがないものでした。「娘といたい」という思いもあって会社を辞めたものの、今は娘にさみしい思いをさせてしまっている……という矛盾に、ずっと葛藤していました。
慣れない仕事に「この道を選んでよかったのかな」と不安も
ーー「1回1回のチャンスを掴む」というお気持ち、よくわかります。ただでさえ産後は脳みそがつるつる状態といいますか、本調子ではない自分にもどかしさを感じる方も多いかと思います。吉田さんは特に、臨機応変さや頭の回転が重要なお仕事なだけに、復職前になにか準備などされましたか?
吉田 いえ、その状態のまま仕事していました(笑)。局のアナウンサーとして復職するなら、台本があり、スタッフの一員であるアシスタントとして番組を回すという役割で、少しずつ思い出しながらできていたと思います。でもフリーのアナウンサーは、ゲストとしてテレビに出たり、自分の話をしなければなりませんでした。今までは人の話を引き出すのが仕事で、自分のことを話す機会はほぼなかったんです。
だから、産後だからなのか、自分に才能や技術がないからなのか、本当にうまくいかなくて。すごく落ち込みました。毎回マネージャーと反省会をするうちに、「私はこの道を選んでよかったのかな」と不安にもなりました。
ーーそのつど調整し、次に備えていかれたんですね。
吉田 そうですね。失敗してうまくいかず、次に繋がらなかった仕事も山ほどあります。そのなかでも縁あって続けさせていただいている仕事もあり、今はラジオで毎日お話をさせてもらい、34歳の現在もさまざまなことを学ばせてもらって成長を実感できるので、ありがたいです。
ーー子どもがいることで、仕事の幅が広がった実感はありますか?
吉田 まさに絵本の出版がそうです。母親目線で話すことが増えたし、子どもが生まれていなかったら保育士の資格も、その先の絵本専門士の資格にも挑戦していませんでした。
吉田 子どもが生まれる前は、「お母さんになったら、“母としての人生”しかないんだろうな。自分の楽しみのすべては子どもだけになるんだろうな」と思っていましたが、実際母親になったら真逆でした。子どもがいるからこそ背中を押され、道が開かれることがたくさんあるんだと実感しています。
「家事ができてない日は、僕も余裕がない日」夫に言われて、目からウロコ
ーー「母親は、自分のやりたいことを捨て、子どもに邁進しなければならない」という価値観に苦しめられている方も、まだ多くいらっしゃるかと思います。
吉田 私も葛藤があります。でも、夫が常々言ってくれるんです。「あなたは母である以前に“吉田明世”というひとりの人間だからね。”吉田明世”という人生をしっかり楽しんでね」と。その言葉が励みになっています。「お母さんは我慢しなきゃ」とか、「自分のやりたことがあっても子どもが第一優先」と思いがちですが、両立することもできるんだと思っています。
ーーとてもいい夫婦関係が垣間見えますが、ケンカはしますか?
吉田 もちろんします。たいていは、18時半に帰宅したらシンクに洗い物が溜まっていて、そのイライラを夫にぶつけてしまったりとか。夫はリモートワークで在宅で仕事をしていますが、その環境に私が慣れず、「家にいるなら洗い物くらいしてよ」と思ってしまい……、言わなくてもイライラが顔と行動に出て伝わってしまうんですよね。
ーーお気持ちわかります。「家にいるならできるでしょ?」と、つい思ってしまうんですよね。
吉田 夫に言われてハッとしたんですが、「僕が洗い物をしないときは、僕も余裕がないときだから」と。その一言ですごく腑に落ちました。そうやって言語化して夫婦で意思疎通をとることの大切さも、日々学んでいます。
ーー前編でも家事について触れさせていただきましたが、ほかにも家事負担の軽減するサービスなどの利用はありますか?
吉田 家事代行サービスを頼む前は、「私がこんなにイライラしてしまう原因はなんだろう。一番時間を取られているのは……料理だ!」と思い、食材宅配サービスを頼むことにしたんです。が、どうしても使い切れなくて。「今回も食べきれなかった……、無駄にしてしまった……。こんなにSDGsが謳われている世の中で、こんなに食べ物を残すなんて!」という生活が逆にストレスになり、食事は自分で作ることにしたんです。
「切って和えるだけでおいしい!」を知り、料理が楽に
ーー試行錯誤があったのですね。
吉田 そうですね。カレーなどの一見簡単そうだけど煮込む料理って時間がかかりますよね。一方で野菜は、切って和えるだけでおいしい。「手が込んでいなくても、コツさえ掴めば時短でおいしいものが作れるんだ!」ということを最近発見しまして。
昨日は、れんこんを薄切りにして揚げ焼きして、塩をかけるだけで最高においしい副菜が作れました。何の工夫もしてないんですけど(笑)。トマトときゅうりを切ってごま油とポン酢で和えるだけで、子どもたちもたくさん食べてくれます。「こんなに簡単でいいんだ」と実感してから、料理がすごく楽になりました。
煮込むときは、電気圧力鍋に具材を切って入れて、その間にサラダを作ったりしています。徐々に、働きながらママをやる生活にも慣れてきました。
ーー重宝している子どもに関するグッズはありますか?
吉田 UGGのブーツです。もともとはかわいいから履かせていたんですが、あるとき、朝の保育園送り担当の夫が「玄関で娘が靴下を履くくだりに時間がかかるから、靴下いらずで履けるUGGのブーツ、今年も買いたいんだけど」と言うんです。
一時、娘にはこだわりが強い時期があって、靴下のつま先の線がちょっとずれるだけでも「いやだーー!」となったり、遅刻しそうになったりで、余裕がないときはイライラしちゃうこともあったりと、悩まされていたんです。それで寒い時期は常にUGGにして「靴下履かなくていいよ」となったら、夫の毎朝がすごく快適になったようで、我が家の必需品です。ちなみに夏はサンダルです。
「母になっても挑戦できる」絵本専門士の資格取得を決意
ーー子育てのチームの一員として密に関わっているからこその、現実的な提案ですね。ちなみに旦那さまは、12月21日発売の吉田さん初の絵本『はやくちよこれいと』(インプレスブックス)の共著者でもあります。絵本出版のきっかけを教えてください。
吉田 まず「アナウンサーでありながら、保育士資格も持っている自分ができることはなんだろう」と考えたとき、絵本の読み聞かせが思い浮かび、そのタイミングで絵本専門士という資格の存在を知り、資格を取ることにしたんです。
ーー応募要件も厳しく、養成講座を受講できる人数も約70人と、ものすごく狭き門なんですよね。
吉田 受講人数に対して、応募申し込み数が多いようです。私はありがたいことに選考に通り、受講することができました。このときも夫が背中を押してくれて。死にもの狂いで産休中に保育士の資格を取ったのは、「母になったら何も挑戦できない」と思い込んでいたからなんですよね。「子育て追われながら新しいことにチャレンジする余裕なんてないだろうな」と思っていましたが、いざ母になると、挑戦できるんだと実感しました。
ーー内容についてはどのように決まったのでしょうか。
吉田 夫と作ることが決まった段階で「言葉にまつわる絵本にしたい」という共通認識がありました。夫は広告の仕事、私はラジオの仕事で、言葉と関わりその重みを理解しながら使っている立場にあります。今はSNSで誰もが自分の言葉を発信できる時代で、自分の言葉で誰かを傷つける可能性があると自覚できない人もいれば、あえて傷つける言葉を発信する人もいて。同時に私自身は、お会いしたことがない人からの言葉に背中を押されたり励まされることもある。そんな時代だからこそ、今の子どもたちには、言葉の重みを理解した大人になってほしいと、お互いに思っていました。
それでいろいろな企画を考えたなかで、1冊目ということもあり、「アナウンサーである私が出す本」に重点を置こうと。TBSの新人アナウンサーは、発声練習として「外郎売(ういろううり)」を丸暗記して発表するという慣習があり、「意外と内容は知らない人もいるのではないか」と思ったときに、子どもと大人が一緒に楽しめる「外郎売」のような絵本を作りたいと、ここにたどり着きました。
ーー読み聞かせも楽しくできそうな内容ですよね。今日はありがとうございました!
拝啓、復職前の自分へ ~今の自分から復職前の自分へのメッセージ~
「復職前の自分に手紙を書くなら、何を伝えたい?」ーーそんな問いに対し、吉田さんが筆を走らせたのは、自分への力強いエールでした。
吉田明世/アナウンサー、ラジオパーソナリティ
元TBSアナウンサー。2児の母であり、絵本専門士と保育士の資格を持つ。2019年にフリーアナウンサーとなり、現在はテレビ・ラジオ・イベント・モデルなど、多彩に活躍。
(取材・文:有山千春/マイナビ子育て編集部)