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- 2026年08月05日 17:11
子育てに“評価”はいらない? リアクションで変わる親子の関係
「どう褒める?」「どう叱る?」――子育て中の親なら、一度は考えたことがあるかもしれません。でも実は、褒めることも叱ることも、「親が評価する側」「子どもが評価される側」という関係を生み出してしまうことがあります。評価を手放したとき、親子にはどんな変化が生まれるのでしょうか。
6歳で天文宇宙検定3級に最年少合格、小学3年生で数学検定2級――“宇宙少年”として注目を集める、小学6年生の大森陽生さん。
大森家が実践してきたのは、“ほめる・叱る”に頼らず、親の「リアクション」にフォーカスした独自の子育てメソッド。この考え方をまとめた書籍書籍『みるみる自走する! 子育てはリアクションが9割』(著:大森治幸、大森陽生/新潮社)が、このたび刊行されました。
本記事では、「リアクション」において親のジャッジを入れない理由を、一部抜粋してご紹介します。
「リアクション」ではなぜジャッジをしないのか
上下関係を超えた「敬意」の交流
親から子どもへの接し方で代表的なものと言えば、「褒める」「叱る」があります。大学で教育学を専攻していた時も、褒め方や叱り方について学ぶ機会がありました。ご存じの通り、今では一般に向けてハウツー本も山のように出ています。
もちろん、褒めることは子どもに自信をつけさせる声かけとして大切でしょう。また、叱ることが必要な場面があるのも親としては当然です。
しかし、「褒める」も「叱る」も、そこには「ジャッジ(評価)する側・される側」という主従関係が見えなくとも存在しています。立場がしばしば逆転するのであれば、対等と言えるかもしれませんが、親子に限っては立場の逆転はありません。どうしても、親が上、子どもが下、ということになってしまいます(先生と生徒でも同様でしょう)。親子のやりとりを、常にジャッジする側・される側の枠組みに当てはめてしまうのは、私にとってはどうしても居心地が悪く、言いようのない違和感を覚えてしまう時があります。
子どもは大切な授かりもの
私がよく思い浮かべる言葉の一つに「7つまでは神のうち」があります。医療の発達していない時代は、幼児期までに命を落とす子どもが多かったから、など、いろいろな解釈があるようですが、おおざっぱに言うと、「7歳までは神様の子どもであるととらえて大切に育てよう」という意味合いが込められているようです。
7歳までに限らず、子どもはかけがえのない大切な授かりものだと思うので、できるだけ丁重に接するべきだと私は思うのです。ですから、たとえ親子であっても、そこに敬意と慎重さは欠かせません。そうした尊敬の念をもって接するべき対象である子どもに対して、「ジャッジする・される」「指導する・される」という力関係をなるべく持ち込みたくないのです。
小さな子どもにも、一人の人間として独立した人格があり、プライドがあります。親から高圧的にあれこれ言われることは、子どもの沽券にかかわります。
見えない主従関係が親子間を支配し、親が子どもに一方的な評価をくだすことが当たり前になると、場合によっては「この人には何を言っても無駄」「私の言いたいことを分かってくれない」と子どもの心を閉ざしてしまうことになりかねません。それは、好奇心や挑戦心を育み、自走することとは真逆の方向性です。
当然、私も親として褒めることもありますし、叱る時もあります。そうした教育的指導は必要だと思いますが、主従関係だけに支配されてはどうしても息苦しく感じてしまいます。ですから、良し悪しの評価をしないようなリアクションで子どもに接することで、子どもと同じ目線に立ち、その言動を受け止め、共感し、後押しすることが大切だと思うのです。
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続きはぜひ書籍でご覧ください。
※本記事は、『みるみる自走する! 子育てはリアクションが9割』<著:大森治幸、大森陽生/新潮社>より抜粋・再編集して作成しました。
