- 掲載
- 2026年08月08日 10:16
「いつか死ぬなら、人生の意味は?」子どもと考える児童書『死って、なんだろう?』翻訳家・小宮由さんに聞く
いつも一緒だった飼い猫の死や、大好きな祖父母との別れ。「死」は子どもにとって悲しいことであると同時に、とても怖いことかもしれません。そんな「死」をテーマにした児童書が『死って、なんだろう?』(創元社)。ユーモラスな文章とポップなイラストで、重くなりがちな「死」というテーマにていねいに向き合います。
日本語版の翻訳を手がけた小宮由さんに、子どもと「死」を考えることについて聞きました。
■死と生について深く考えた青春時代
――小宮さん自身は、子どものころに死について考えたことはありましたか。
小宮由さん(以下、小宮) あまり記憶にないですが、一つ心に残っているのは、幼いときに飼っていた猫が、近所で毒餌を食べて亡くなったことです。私は3人きょうだいの真ん中で、そのとき、3人の中で私だけがわんわん泣いていたそうです。とても悲しかったんだと思いますが、そのできごとから「死とは何だろう」と深く考えたり、「死が怖い」と感じたりすることはありませんでした。
その後、死について深く考えたのは大学時代。私の祖父・北御門二郎(きたみかど・じろう)はトルストイ文学の翻訳家で、19歳のときに、祖父が翻訳したトルストイの『文読む月日』を読みました。古今東西の賢人たちの金言集です。10代でこの本に出会って以来、自分は何のために生きるのか、どう生きるのかを自問し続けてきました。だからこそ、今回のように「死」をテーマにした本のメッセージを自然に受け止めながら翻訳できたんだと思います。
編集部注)トルストイ…19世紀ロシア文学を代表する小説家・思想家。おもな著作に『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』など。
タイトルを見てぎょっとした
――数々の絵本や児童書を翻訳してきた小宮さんが、『死って、なんだろう?』の原書(翻訳前の本)を読んだときはどんな印象でしたか?
小宮 編集者さんから「この児童書を訳してみませんか」とお話をもらったとき、本のタイトルを見て、ぎょっとしたんです。
私はこれまで多くの絵本や児童書の翻訳を手がけるなかで、これまでは、物語の中でだれかが死んで悲しい思いをしたり、怖がってしまうようなものは訳さない、と決めていました。子どもにはたくさんの喜びや幸せを知ってもらうことが先だし、それが子どもの心を豊かにすると考えているからです。
けれど、読んでみると、この本は死をさまざまな角度から解説する知識の本に分類される印象でした。死についてこれほど多様な切り口で考えたことがなかったし、純粋に「おもしろい!」と知的好奇心を刺激されました。
――翻訳の際に意識したことは?
小宮 この本は子どもからの質問に作者が答える形式ということもあり、話し言葉のように親しみやすいニュアンスを優先して翻訳しました。著者の一人、エレン・ダシーさんは子どもたちと哲学対話のワークショップを行っています。彼女が語りかけるようなニュアンスをくみとることを大切にしました。
――『死って、なんだろう?』は死というテーマを中心にしながら、科学や宗教、哲学などさまざまな分野について解説されています。翻訳するうえで難しかったところは?
小宮 全部でしょうか(笑)。さまざまな国や地域の宗教や神話、迷信、医療、里親制度や相続税など……私自身も知らないことだらけで、本当に勉強になりました。翻訳するためには、書かれている内容の根拠を確認しておく必要があります。たとえば「首のないニワトリが18カ月生きた」話は、80年ぐらい前の文献を探し、引用された部分のみならず、エピソード全体を把握しなくてはなりません。こうした作業を、この本に載っているすべてのエピソードでするわけですからね(笑)。
■本棚に置いておく、お守りに
――ふだん、子どもが「死」について疑問を持ったとしても、親など大人には聞きにくいかもしれません。この本は大人の代わりに、そうした疑問に答えてくれると感じました。
小宮 そうですね。それに大人だって「死」について深く考えている人はあまり多くないかもしれません。
この本は、世界中の子どもたちから集まった「死」に関する質問に対して、2人の作家が対話形式で答える内容です。「死」のふしぎについての答えを、質問者である子どもの気持ちに寄り添いながらていねいに言葉にしてくれています。子どもの疑問に答えを出すというよりは、「読んであげる大人も一緒に考えようよ」というきっかけになる本なんじゃないかと思います。それと同時に、この本は子どもたちにとって「お守り」になる本だとも思いました。
――お守り、ですか?
小宮 そうです。日本は災害大国ですし、災害で大切な人を亡くし、死と向き合わなくてはならなくなった子どもたちもいるでしょう。死について考えざるをえない子どもたちにとって、この本を読むことで、「こう考えればいいのか」と救われたり、心が軽くなったりするなら、この本は大きな意味があると思います。
ただ、この本を読むことで亡くなった人を思い出してつらくなる子もいるかもしれません。「死」について考えることは、人によっては強い不安を感じる場合もあります。だから、子どもに「これを読んでみて」とすすめるのではなく、本棚に置いておいて、ふと気になったときに手に取れるようなお守りであればいいな、と。「死」をなんとなく怖いと思っている、でも興味がある。そんな子どもにとっても、いろいろなことを考えるきっかけになるといいですね。家庭に一冊あると、家族みんなが必要なときに助けになってくれる“お守り”になるんじゃないかな。
――この本は、挿絵も印象的です。挿絵のかわいらしさが、「死」というテーマを少し身近に感じさせてくれる気がしました。
小宮 イタリアのイラストレーター、アンドレア・アンティノーリさんが、ユーモラスでポップな挿絵で「死」について表現してくれています。アンドレアさんは、エレンさんの書いた本文を読まずに、子どもから寄せられた質問だけを読んでイラストを描いたんだそうです。だから、この絵は子どもの質問に対するアンドレアさんの答え、というふうにも考えられるかもしれません。挿絵だけをぱらぱらとめくって、気になったところから読むのもいいですよね。
■死を考えることは、今を大切に生きること
――この本の中でとくに印象に残っている質問やエピソードはありますか。
小宮 どれもいいんですが、1つ選ぶとしたら、31番「いつか死んでしまうなら、人生の意味っていったいなんなの?」という章です。1ページの短い章ですが、哲学的なところがとても響きました。この本全体のメッセージが、ここに集約されているような気がします。
――それはどういうことでしょう。
小宮 この章の回答の中に「この地球上の、のこされた短い時間のなかで、自分は、自分の人生に、なにか意味をあたえることができるかしら」という問いがあります。そして「その人生の意味は、壮大で完璧な唯一無二なものでなくてもいい。小さくて、ささやかで、たったひとりでもいいから、だれかを幸せにするようなものでもいいんじゃないかしら?」と重ねて語りかけます。これを読んだ子どもたちがどう受け取るかはわかりませんが、今生きることの意味を、少しだけ考えるきっかけになったらすばらしいと思います。
そもそも、人がなぜ死について考えるのかというと、「今をよりよく生きるため」なんですよね。人間はだれでもいつかは死ぬ。じゃあ何のために生まれてきたのか。本当に自由なのはいつなのか。それは今しかない。そう問い続けると、「今を一生懸命生きよう」ということに行きつくと思うんです。
私自身も、常日頃から人生の意味について考えています。死について考え、今をどのようにして生きるかを考えることで、悔いのない人生を送れるんじゃないかと思っています。
■親や友だちとの対話が生まれるきっかけに
――翻訳家として、この本を子どもたちにどのように受け止めてほしいと思いますか?
小宮 この本に限らず、どんな本でもそうですが、興味を持ったらまずは読んでみてほしいです。そして作者が望んでいるように、人と対話するきっかけになったり、何かを知るきっかけになったりしてくれたらいいなと思います。
子どものうちは、まだ自分の人生の意味について深く考えることは少ないかもしれないけれど、怖いイメージがある「死」についてさまざまな角度から知っておくことで、心が軽くなったり、救われることがあるかもしれません。
「死」というものに恐れだけを抱くのではなく、楽しくて、ユーモアのある角度から見つめたり、考えたりできる本です。この本を読んだら、きっとだれかと話をしたくなるでしょう。本をきっかけに、親子や友だち、先生たちと、いろいろな会話が生まれたらうれしいです。
小宮 由(こみや・ゆう)
翻訳家。1974年、東京都生まれ。大学卒業後、児童書専門の出版社に入社。その後、留学などを経て、2009年に独立し、子どもの本の翻訳・編集に携わる。2004年より東京・阿佐ヶ谷で家庭文庫「このあの文庫」を主宰。
訳書に『せかいいちおいしいスープ』『さかさ町』(岩波書店)、『イワンの馬鹿』(アノニマ・スタジオ)、『しょうぼうしのくまさん』(福音館書店)などがある。
このあの文庫 https://konoano.tumblr.com/
書籍『死って、なんだろう?』
世界中の子どもたちから寄せられた、「死」に関する38の質問に、2人の作家と1人のイラストレーターが回答。子どもたちが口にする疑問は、実は私たち大人も子どもの頃に一度は抱いたことのあるものばかりです。科学的・哲学的・心理的な視点から、一つひとつの質問に丁寧に向き合いながら、「死」を通して「今をどう生きるか」を考えるきっかけを与えてくれる一冊。
書籍の試し読みはこちら
▶墓参りに法事、お葬式。子どもに「死んだらどうなるの?」と聞かれたら? |死って、なんだろう?
▶「どうして死について話すといやな気分になるの?」子どもの疑問に答えられますか?|死って、なんだろう?
(取材・文 早川奈緒子/構成・編集 マイナビ子育て編集部)
