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2022年12月05日 14:31 更新

【医師監修】妊娠中の旅行(マタ旅)はなぜ危険? 知っておきたいリスクと注意点

妊娠中に旅行に行く、通称「マタ旅」が人気を集めています。でも、もともと健康な妊婦さんであっても妊娠中はつわりなどの急な体調変化がつきものです。妊娠中に旅行をするリスクと、もしどうしても出かける必要がある場合はどんなことに気をつければいいのかを考えていきましょう。

妊娠中の旅行で心配なこと

妊婦が旅行する別名「マタ旅」に出発する女性
Lazy dummy

移動による体への負担&緊急処置ができないかも

赤ちゃんが生まれたら、何年かはお世話で忙しい日々が続きます。だからこそ、赤ちゃんが生まれる前に旅行を楽しみたいと考える人もいることでしょう。

でも急な流産や早産などのトラブルは、たとえ妊娠前はずっと健康だった人であっても起こることがあります。また、それまでの経過が順調でも、突然お腹の張りや出血などが起こることもあるのです。

旅行先でこうしたトラブルが起こったら、どうなるのでしょうか。

まず、いつもとは違う医療機関にかかることになります。それどころか、そもそも産婦人科が近くになければ、適切な治療を受けられない可能性もあるでしょう。

特に海外旅行の場合、言葉の壁でスムーズに症状を説明しにくかったりすると適切な緊急処置が受けられません。そのために、妊婦さん自身はもちろんお腹の赤ちゃんにまで負担をかける可能性もありますし、その結果、命の危険にさらされる事態におちいってもおかしくありません。また旅行先によっては胎児に影響が出る感染症にかかることも考えられます。

妊娠とエコノミークラス症候群

もう1つ、妊娠中の旅行にまつわるリスクを考えてみましょう。
妊娠すると、妊娠前とは体の状態が変わります。その変化のひとつとして、妊娠中は「エコノミークラス症候群」(肺血栓塞栓症)になりやすくなることが知られています。

「エコノミークラス症候群」は肺へとつながる動脈に血液の塊(血栓)が詰まる病気です。
十分に水分や食事を取らないままで狭い場所に長く座り続けていると、足の静脈の血液がよどんで血栓ができることがあります。この血栓はだんだんと大きくなってちぎれ、血流に乗って流れていきます。肺動脈まで届いて詰まってしまった状態が「エコノミークラス症候群」です。

妊娠すると全身の血液が固まりやすくなるため、もともとこの血栓ができやすくなっています。エコノミークラス症候群になると、血栓が詰まるせいで肺がうまく働かなくなり、息切れや胸・背中の痛みなどを感じることがあります。さらに悪化すると、お母さんとお腹の赤ちゃんの命に関わることもあるのです。

海外では日本同様の医療が受けられないことも

さきほど紹介したように、海外では言葉の壁があることに加え、産科医療のレベルが日本とは異なることにも注意が必要です。

日本で妊娠中の旅行が人気なのは、赤ちゃんは元気に生まれるものだと思い込んでいる人が多いことと関係しているのかもしれません。実際、妊娠中から産後7日までに妊婦さん・赤ちゃんが亡くなる確率をみてみると、日本は世界トップクラスで低いのです。

平成24年の日本での妊産婦死亡率は、出生数10万あたり3.5でした。赤ちゃんについてみてみると、周産期の死亡率(※国際比較のため妊娠28週以降の死産+産後7日までの新生児死亡による計算)は出生数1,000あたり2.6です。

一方、アメリカ合衆国では妊産婦死亡率は18.7、赤ちゃんの周産期の死亡率(※)は6.8です。またフランスでは妊産婦死亡率6.5、周産期の死亡率(※)が11.8、イギリスでは妊産婦死亡率が5、周産期の死亡率(※)7.6となっています[*1]。こうした先進諸国の数値と比較しても、日本の妊婦さん・赤ちゃんの死亡率は低く、日本の産科医療がどれほど優れているかが伝わってきます。

世界の周産期医療体制の現状を表す図
[*1]厚生労働省「周産期医療体制の現状について」より

海外旅行の行き先が先進国であれば、医療体制は日本と変わらないだろうと考えている人もいることでしょう。でも、こうした数値から考えると、海外で日本ほど質の高い産科医療を受けるのは難しいかもしれないことが実感できるのではないでしょうか。

また、運よく現地で産科の医療を受けられたとしても、日本国内とは異なり公的医療保険が利用できないことから、高額な医療費を請求されるケースもあります。特にアメリカでは高額になりがちで、早産で入院した場合には少なくとも1,000万円は覚悟しないといけません。海外旅行傷害保険に入っていても、早産はカバーしないので自分の貯金で払うしかありません。

旅行したいと思ったら

妊婦が旅行するマタ旅の準備中イメージ
Lazy dummy

何かあっても自己責任。本当にいま行くべきか、よく考える

「安定期になったらマタ旅」と安易に考えていませんか? 妊娠中の旅行をあきらめた人の中には、赤ちゃんが無事に生まれた後で、やっぱり妊娠中に旅行に行けばよかったと思う人もいるかもしれません。安定期なら旅行に行っても大丈夫だったのでは、と後悔する人もいることでしょう。

ただ、自分と赤ちゃんに何も起こらないのが当たり前だと思い込んだまま旅行に出かけ、その結果、旅先でもしものことがあったとしたら、一生後悔することにもなりかねません。医療保険に加入していれば安心ということでもなく、妊婦さんと赤ちゃんの命に関わる事態になってもちっともおかしくはないのです。お金で済む問題ではないということです。旅行先で体の不調が起こるか起こらないかは、産婦人科の先生にもわかりません。行ってみないと結果はわからない、賭けのようなものともいえるでしょう。

赤ちゃんが成長すれば、一緒に旅行に行けるようになる日がいつかは来ます。マタ旅に惹かれていたとしても、少し我慢して、旅行以外の気分転換になることをまず探してみるのもひとつの方法です。

こんな場合は旅行はNG

そもそも妊娠中、なんらかの病気になってしまった場合は、主治医から安静にすることを指示されることと思います。とくに旅行は避けるように指示される、代表的な妊娠中のトラブルは次の通りです。

前置胎盤

胎盤が正常な位置よりも低い場所についてしまっていて、子宮の出口の一部または全体を覆っている状態です。

痛みなどの症状はほとんどありませんが、痛みがなくても急に出血することがあります。この出血は妊娠28週以降にだんだん多く見られるようになっていきます。大出血してしまうと、妊娠中の女性はもちろん、お腹の中の赤ちゃんまで命の危険にさらされることになります。

健診などで前置胎盤の疑いがあると言われた妊婦さんはとくに、出血に注意する必要があります。出血がみられたら、腹痛がなくてもすぐに産婦人科を受診する必要があります。

切迫流産

赤ちゃんがまだ子宮のなかで生きているものの、流産の一歩手前まで来ている状態です。薬による治療を受けたり、安静を指示されることもあります。

安静が有効かどうかはハッキリしていませんが、子宮の壁と胎盤との間に血液のかたまりがある切迫流産の場合は、安静が効果的だったとする報告もあります。

切迫早産

子宮の収縮が規則的に何度も起こり、子宮口が開いて、早産の一歩手前まで来ている状態です。早産の原因は、「不明」な場合がもっとも多いとされていますが、過去に早産になったことがあったり、円錐切除術という子宮の入り口を切り取る手術を受けた人、双子や三つ子を妊娠している、などの場合になりやすいと言われています。

妊娠高血圧症候群

妊娠中に発症した高血圧にともなって、さまざまな症状が全身に引き起こされる病気です。妊婦さん約20人に1人の割合[*2]で起こり 、重症になって血圧が上昇すると、妊婦さんはけいれん発作や脳出血、肝臓や腎臓の機能障害などにおちいることがあります 。
またお腹の赤ちゃんの発育が悪くなったり、酸素が届かなくなって赤ちゃんが命の危険にさらされたり、場合によっては赤ちゃんが亡くなることもあります。

その他にも、妊娠・出産に影響する病気はたくさんあります。ここで挙げた異常に心当たりのある妊婦さんはとくに旅行は勧められません。やむを得ず旅行に出かける場合は、必ず事前にかかりつけ医に相談し、注意点を確かめておきましょう。

どうしても出かけなければいけないときは

旅行にいくために相談を医師にする妊婦
Lazy dummy

旅行前にやっておくこと

旅行に行くつもりがなくても、遠方の実家に行く場合や結婚式・法事などの用事、出張などでやむをえず遠出しなければならないケースもありますね。そんな時には、出発前に次のことを準備しておきましょう。

旅行の2~3ヶ月前にかかりつけ医に相談を

妊娠中、不要不急の旅行を勧める先生はいないと思いますので、どうしても行く必要があることを簡単に説明のうえ、自身と赤ちゃんの健康状態を教えてもらい、旅行中の注意点などを聞いておきましょう。

出かける先の近くの医療機関を調べる

急なお腹の張りや出血、体調不良にも対処できるように、行き先のそばに産婦人科のある医療機関があるかどうかを調べておきましょう。ただし、その医療機関が診察してくれるとは限りません。

できれば、つわりが落ち着いている時期に

つわりは、早い人では妊娠5~6週ごろから始まり、8~10週ごろにピークになり、12週ごろから楽になり始めて16週ごろまでには自然に症状が治まることが多いようです。つわりで辛い時期の移動は体に余計負担をかけます。できるだけ体調の落ち着いた時期になるよう調整しましょう。

国内の近場の温泉でリフレッシュする方法も

以前、温泉法では「温泉の一般的禁忌症」として「妊娠中(とくに初期と末期)」があげられていました。2014年にこの禁忌症から「妊娠中」が外されてからは、経過にとくに問題のない妊婦さんであれば、妊娠中でも温泉に入ることに規制はなくなりました。

ただし、40~41℃の湯舟に10分など、通常の入浴の仕方をしている分には問題ありませんが、温泉にのぼせるまで入ったり、体調が悪いのに入浴するのは妊婦さんにも赤ちゃんにも体に良くないのでやめておきましょう。入浴する際は、できるだけ衛生的に管理されている施設を選び、洗い場の椅子や洗面器などはよく洗い流してから使用するのも気を付けたいところです。また、温泉は床などがすべりやすいことがあります。転ばないようにくれぐれも注意しましょう。

行くなら一泊か日帰りで近場に

エコノミークラス症候群を防ぐためには、移動時間はできるだけ減らす必要があります。近場で一泊か日帰りをする程度なら、比較的体に負担をかけずに済みます。妊娠中の体に配慮しているマタニティ向けプランを選ぶとより安心です。

飛行機に乗るなら妊娠36週になる前に

まずは飛行機に乗っても問題ないかどうか、かかりつけの先生に確認しましょう。国内線では妊娠36週以降、国際線では妊娠35週以降、医師の診断書が必要とされることが多いです。

また、航空会社によって異なりますが、39週以降に搭乗する場合は医師の同伴も求められるようになります[*3, 4, 5]。

旅行中にはこまめに水分補給&体を動かす

旅行中に飛行機や車、新幹線などに乗ると、狭い場所でじっとしている時間が長くなります。
エコノミークラス症候群を防ぐために、同じ姿勢を続けないように気をつけたり、足を動かしたり、しっかりと水分を補給しましょう。車であれば小まめに車を停めて休憩を取るのもおすすめです。

なお、お腹が大きくなってくると、乗車中にシートベルトをつけても大丈夫かどうか気になりますね。

実は警察庁も日本産科婦人科学会も、妊娠中のシートベルト着用を勧めています。シートベルトを正しいやり方でつけておくと、交通事故が起こっても赤ちゃんの死亡率を抑えやすくなるからです。

妊娠中も肩ベルトと腰ベルトの両方を使います。腰ベルトはお腹のふくらみを避けて腰骨の一番低い位置につけましょう。肩ベルトは両方の乳房の間から脇腹の方に通すと、お腹のふくらみを押さえつけず苦しくなりません。

シートベルトを使って、自分と赤ちゃんを乗車中の事故から守りましょう。

まとめ

旅行とお腹の赤ちゃんのどちらが大切かと聞かれたら、もちろんお腹の赤ちゃんが大切ですよね。妊娠中は体調が変化しやすいものです。万が一トラブルが起こった時のことを考えると、旅行はおすすめできません。特に妊娠22週以降は、お産になったとしても赤ちゃんが助かる可能性のある時期なので、かかりつけの病院から離れない方が後悔しなくて済みます。どうしてもでかける必要がある場合は、事前にかかりつけの先生に相談して体調をチェックしてもらいましょう。

また、行き先はできるだけ近場のほうが、何かが起きてもすぐにかかりつけの先生に診てもらえて安心です。移動中の体への負担もできるだけ減らしましょう。
旅行中にお腹の張りや出血、いつもと違うおりもの、腹痛などの症状が起こったら我慢は禁物。すぐに旅行は中止して産科の先生に見てもらってください。

赤ちゃんに会える日まで、一年もありません。その日を楽しみに、旅行などの体に負担をかけることはなるべく避けて、体調に気をつけながらゆったりと毎日を過ごしていきましょう。

(文:大崎典子/監修:太田寛先生)

※画像はイメージです

※この記事は、マイナビ子育て編集部の企画編集により制作し、医師の監修を経た上で掲載しました

※本記事は子育て中に役立つ情報の提供を目的としているものであり、診療行為ではありません。必要な場合はご自身の判断により適切な医療機関を受診し、主治医に相談、確認してください。本記事により生じたいかなる損害に関しても、当社は責任を負いかねます

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