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2024年03月08日 10:31 更新

元TBSアナ・久保田智子さんが赤裸々にさらけ出した「私の家族」。褒めてくれなかった母の本音を、やっと聞くことができた

元TBSアナウンサーで、現在は同局の報道記者として活躍する久保田智子さん。3月15日より全国6都市で順次開幕する「TBSドキュメンタリー映画祭2024」で、自身が初監督を務めた作品『私の家族』が公開されます。久保田さんがカメラを向けたのは、特別養子縁組で迎えた娘・はなちゃん、夫、両親、そして自分自身ーー。

<TBSドキュメンタリー映画祭2024>ライフ・セレクション上映作品『私の家族』 監督・語り:久保田智子 (c)TBS
<TBSドキュメンタリー映画祭2024>ライフ・セレクション上映作品『私の家族』
監督・語り:久保田智子 (c)TBS

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久保田智子さんが監督を務めた映画『私の家族』は、久保田さん・夫の典昭さん・特別養子縁組で迎えた娘「はなちゃん」(仮名)という三人家族の軌跡、そして久保田さんの両親との関係性を再構築する対話を捉え、家族のあり方に真摯に向き合った作品です。当事者であり、取材者であり、監督でもある久保田さんに、この作品に込めた思いを聞きました。

「原爆が落ちた日」のことばかり聞いていた自分

職業柄、「人の話を聞く」のは得意な方だと思っていたという久保田さん。オーラル・ヒストリーを学び、重要なことに気づいたといいます
職業柄、「人の話を聞く」のは得意な方だと思っていたという久保田さん。オーラル・ヒストリーを学び、重要なことに気づいたといいます

ーー映画『私の家族』には、久保田さんが結婚して築いた「家族」との会話はもちろん、ご実家のご家族との会話もたくさん出てきます。

久保田智子さん(以下、久保田) じつは私の実家では、家族の会話があまりにも少なかったんです。長くそれを問題とも思っていませんでした。
 でも振り返ると、私自身、父母や妹、そのほかの人たちの話をきちんと聞いてきたつもりでしたが、相手の気持ちをわかっていなかったなと思うこともあり、人の話を聞く難しさを感じていました。
 「インタビュー」は自分にとって仕事でもあったので、夫の海外赴任に伴うニューヨーク滞在時に「オーラル・ヒストリーを学んでみよう」と思ったんです。オーラル・ヒストリーというのは簡単に説明すると、様々な出来事の体験者に聞き取りし、研究する学問です。

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【オーラル・ヒストリー】
文字史料では明らかになりにくい対象や領域について、当事者やその関係者にインタビュー形式などの調査を行い、既存の口述史料の分析を行うことでアプローチする研究方法。
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ーー実際に学ばれてみて、「話を聞くこと」の意識が変わりましたか?

久保田 話を聞くこと自体の難しさはあるとしても、それでも私は職業的に得意なほうだろうと思ってたんですね。だけど本当はそうじゃないのかも……ということに気づかされました。
 私は戦争体験者に戦争の記憶を聞くインタビューを長く続けてきたのですが、語り手によって見ている景色が全然違ってくることがわかったんです。たとえば広島への原爆投下について私が持っていたイメージは、教科書的な知識から得たものにすぎないのに、それでわかった気がしていました。でも、それぞれの方の生活にどんな影響を与えたのかを丁寧に聞くと、その人ごとに違うストーリーがある。
 もっと言うと、原爆が落ちた当日のことだけでなく、それ以降にも大変な思いがあって、それを含めて「被爆した大変さ」です。それなのに自分はどうして原爆が投下された日のことばかりを聞いていたのか。それはメディアで表現しやすく、自分にとって印象的な日だからです。私は間違っていたと思いました。

ーー大切なのは、思い込みやバイアスをなくして相手の話をそのまま聞く、ということでしょうか。

久保田 そうだったんです。ライフストーリーアプローチというのですが、1人の人間として誕生から現在までの人生を振り返ってもらうと、その人にとって「原爆が投下された日」は一つのコマでしかない。その日以外のところに、たくさんの思いが散らばっています。人の話って、こうやってじっくり、自分の思い込みを抑えながら聞くことで、やっと理解が深まるんだということを知りました。

「どうしてそう思うのか」を一緒に探っていく

<TBSドキュメンタリー映画祭2024>ライフ・セレクション上映作品『私の家族』 監督・語り:久保田智子 (c)TBS
<TBSドキュメンタリー映画祭2024>ライフ・セレクション上映作品『私の家族』
監督・語り:久保田智子 (c)TBS

ーーそのことに気づいてから、ご両親との会話は変わりましたか。

久保田 先にお話しした通り、私は家族と本音での会話がなかったと思っているんですが、オーラル・ヒストリーを学んで、本音の会話は対等な関係じゃないと難しいことに気づきました。上下関係があると下の人が上の人に気を遣ってしまうので、対等な会話はすごく難しいんですね。親が子どもに寄り添えば対等に話せるのですが……。

ーー確かに子どもは力関係で大人に敵いません。そのままでは対等な関係になれませんよね。

久保田 そう、絶対になれません。だから大人がきちんと意識して、子どもが委縮せず対等に話せるようにする必要があります。そうして生まれるのが、会話……というか対話「ダイアローグ」です。そうでない会話はじつは独白「モノローグ」で、一方的なものになりかねません。
 世代的なものもあるかもしれません。昔は特に年功序列の社会で、学校教育でも先生が生徒に向けて一方的に話(モノローグ)を聞かせるのが普通でした。今では子どもの声に耳を傾けること、子どもの主体性を促すことが推奨されるようになってきていますが、私の親世代では一般的ではありませんでした。

ーー「対話」というのは、具体的にはどのようにしたらできるのでしょうか?

久保田 オーラル・ヒストリーでは、「何を問いかけるか」を重視します。そして、まだ言語化されていない部分を共同作業で言葉にしていきます。具体的には「なぜそう思うんですか?」という質問を重ねます。
 たとえば「沖縄戦」というテーマについて、話すとしましょう。年号や結果どうなったかなど教科書的な知識で答えられる問いをするのではなく、「なぜ沖縄戦が起きたと思いますか?」と、シンプルな正解のない問いかけをします。すると、その人の答えから「どうしてそう思うのか」を一緒に探っていくことができます。そういう対話の深め方をしていくんです。
 これは親子関係でも同じです。子どもの動機や気持ちが知りたい場合には「どうしてそう思ったの?」と聞く。同じように、自分が子どもに何かを禁じたり、すすめたりする場合には、子どもの「なぜ」を解消するために理由をしっかり説明することが必要です。

ーーなるほど。でも我が子に対して、毎回きちんと丁寧に対話できるかというと……多くの保護者が心配になるのではないでしょうか。

久保田 「なぜ?」に答えるのは、すごく大変だし、面倒くさいことですからね。「これはなんですか?」に「水です」と答えるのは簡単だけれど、「これをなぜ水だと思うんですか?」と問いかけられたら、面倒くさいじゃないですか(笑)。そんなやり取りをするのが面倒だから、お互いに勝手に判断することが出てくる。特に家族という親密な間柄だと、それまでの積み重ねもあって「この子はいつもこうだから」「またワガママ言ってるんだね」って済ませてしまうことがあります。こうした決めつけをしないようにすることが大切です。

親子関係の悪循環をほどく

かつては親子の会話が極端に少なかった、と久保田さん
かつては親子の会話が極端に少なかった、と久保田さん

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「父は子どもの頃、怖くて対話ができない人だと思っていた」
「母は私にとってネガティブ思考が強い人。『そんなの無理じゃない?』とよく言われていた」
という久保田さん。
映画『私の家族』では、そんなご両親との“対話”も映し出しています。
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ーー久保田さんはなぜ、ご実家の家族と対話をやり直そうと思われたのでしょう?

久保田 うーん。いろいろあるんですけど、やっぱり私は親や家族が好きなんだと思います。そして、「わからない」と思う相手こそ、その背景に面白さがあると思うんです。
 予想通りのことを言う人より、思いもよらないことを言った人の背景を聞くほうが面白いんですよね。つまり、水を「これは水じゃないよ」と言う人。そこには「その人の事実」があるんです。「その事実がどうして生まれたのか」という部分に面白さがあります。
 私はうちの両親に対して「どうしてこんなにダメダメ、無理無理って言うんだろうな〜」と思っていて、そういう理解できない部分に好奇心が湧いたのかもしれません。

ーー実際にご両親の話を聞くにあたって、どんなことを意識しましたか。

久保田 先ほど親子は上下関係があると言いましたが、子どもが成人して自立し親が年をとると、今度は親より子どものほうが力関係で上になることがあります。うちの場合も私が就職してから、「うちの子はテレビに出てるし偉いのかな」と親が思ったらしく、ずいぶん前から私のポジションが上になっているように感じていました。対等な会話をするためには、今度は大人になった子どもが親に寄り添う必要が出てくる。そうしないと親の本当の気持ちはわかりません。だから、こちらから寄り添うことを心がけました。

ーーお母様が久保田さんに「あなたのほうがずっとしっかりしてる」とおっしゃる場面が印象的でした。このときはどう思われましたか?

久保田 「お母さんがしっかりしてないから、私がしっかりしなきゃって思ってたんだよ!」と思いました(笑)。実家で暮らしていた頃の私は、なんでも自分でしなきゃって気持ちが強かったんですね。進学する高校や大学を選ぶときも全く親に相談しなかったし、就職活動をしてアナウンサーになるのも内定が出るまで言いませんでした。親に頼れないことだというだけでなく、言ってもきっと応援してもらえないと思っていたからです。

ーー希望を伝えても、「ダメダメ」「無理無理」と否定されるかもしれないと思われていたのでしょうか。

久保田 そう、それが怖かったんだと思います。頑張っている時にネガティブなことを言われたらつらいなあって。だから親に相談しないで1人で決めてきました。だけど、もしも親がきちんと話を聞いてくれて頼りになっていたら、私はこんなにしっかりしていなかったかもしれない。裏を返せば、私がなんでも自分でしっかりやろうとしてきたから、母は私と関わりづらいというか、必要とされていないと思ったのかもしれない、とも思いました。そうして親子で会話ができなくなって、すれ違いの溝が深まり、誤解されたまま関係性が崩れていく……という悪循環だったんでしょうね。

初めて知った、母の本音

プライベートな部分に深く踏み込んだ作品作りをするにあたって、「当事者」であり「取材者」である観点から悩んだことも……
プライベートな部分に深く踏み込んだ作品作りをするにあたって、「当事者」であり「取材者」である観点から悩んだことも……

ーー映画の中でお母様は、自身が子ども時代に厳しくされてきた、褒められてこなかったから……と本音をおっしゃっていましたね。

久保田 それを聞いて、母から私へのネガティブな発言は、母にとっては「娘を守るための手段」だったんだと思いました。その方法を、良かったとは思いません。でも、母は別に私のことを本当にダメだと思っていたり、期待していなかったりしたわけじゃない。ここに気づけたのは大きかったです。
 「失敗した時につらいから、その前にやめといたほうがいい、心構えをしたほうがいい」というのは母が自分の育つ過程で得た「自分の守り方」で、同じことを私にもしていたわけです。こうして母を理解できたことで、今も似たようなことを言われますが、「ああ、なるほどね。そんなふうに思うんだ」と穏やかに受け止められるし、「でも、私はそう思わないよ」と素直に意見を言えます。

ーーお父様は車の中で、そんなお母様への尊敬の気持ちも表していましたね。ご家族との関係性は大きく変わりましたか?

久保田 もちろん! 今はすごくいい関係になりました。じゃないと、こんな映画出せません(笑)。よくOKしたなって思いましたもん、うちの親も。だけど不思議なもので、インタビューすると驚くほど話してくれるんです。昔は父も母も仕事や家事や子育てに追われていてそれどころじゃなかったけれど、今は語りたいことがあるんだなあって。もしかしたら話を聞かれてこなかった寂しさっていうのもあったのかもしれません。今、それをきちんと聞いてあげるのも、お互いにとって大切だなと思います。

ーーそうした場面も含めて非常にプライベートな部分に踏み込んだ作品ですが、制作していて悩まされたところはどこでしょうか?

久保田 当事者でありながら取材者であるというのが、難しい部分だと思いました。当事者としては「これを出していいの?」と迷う部分も、取材者としては「あれもこれも出したい!」と思いますし、線引きが大変で……。その辺りは編集時に、信頼できるプロデューサーや手伝ってくださった方々に相談しながら、取捨選択しました。
 また、自分が当事者で取材者だと、なんとなく良い感じのことを言えるし、視聴者側から求められるだろう映像を撮ることも可能です。でも、そんなことをしたらノンフィクションではなくフィクションになって何も残りません。できるだけそうならないよう、映画のためでなく、普段から撮りためていたプライベートな映像を使うようにしました。

ーーこのような形で映画化することに対するご家族の反応はどうだったんでしょうか?

久保田 夫も娘も応援してくれていて、父や母、妹の子どもである姪たちも賛成してくれました。家族の合意があったから公開することができました。ただ、娘が将来なんて言うかな? というのは、一つの懸念点です。成長に合わせて気持ちは変わりますから……。完成した映画はまだ見せていないのですが、家族みんなで一緒に見たいと思っています。

ーーそれは素敵ですね。直接言ったことはないというお父様からお母様への思いも、とうとう伝わっちゃいますね。

久保田 映画の中で父が母への気持ちを話していることを伝えたら、うちの母は「あら、ばからし!」って言っていました(笑)。でも今、私たちの家族には、はなちゃんや姪たちもいて、みんな仲良くてとても幸せです。

(取材・文=大西まお、撮影=尾藤能暢)

久保田智子(くぼたともこ)

1977年広島県生まれ。大学卒業後、2000年にTBSに入社。アナウンサーとして活躍後、2017年TBSを退社、夫とともにNYへ。コロンビア大学にてオーラルヒストリーを学び、修士号を取得。2019年、特別養子縁組で娘を迎える。2020年に帰国し復職後は報道局デジタル編集部に所属。監督を務めた初のドキュメンタリー映画『私の家族』が3月15日~公開。

TBSドキュメンタリー映画祭2024

2024年3月15日(金)より東京、大阪、名古屋、京都、福岡、札幌の全国6都市で順次開催。

第4回の開催となる映画祭では、人種や戦争、社会問題など現代を取り巻く重要なテーマを考える今だから見るべき作品を選んだ「ソーシャル・セレクション」、家族の形や身体的な障害など、多様な生き方や新たな価値観を見出せる作品を選んだ「ライフ・セレクション」、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚など、感覚を司る表現者たちやテーマを通して新たな感性に出会える作品を選んだ「カルチャー・セレクション」と、3つのテーマに沿って選出された15作品を一挙上映する。

<TBSドキュメンタリー映画祭2024 開催概要>
★東京=会場:ヒューマントラストシネマ渋谷|日程: 3月15日(金)~3月28日(木)
★大阪=会場:シネ・リーブル梅田 |日程: 3月22日(金)~4月 04日(木)
★名古屋=会場:センチュリーシネマ|日程: 3月22日(金)~4月 04日(木)
★京都=会場:アップリンク京都 |日程: 3月22日(金)~4月 04日(木)
★福岡=会場:キノシネマ天神|日程: 3月29日(金)~4月11日(木)
★札幌=会場:シアターキノ |日程: 3月30日(土)〜4月11日(木)

公式サイト: https://www.tbs.co.jp/TBSDOCS_eigasai/
公式X:@TBSDOCS_eigasai

久保田智子初監督作品『私の家族』

<TBSドキュメンタリー映画祭2024>ライフ・セレクション上映作品『私の家族』 監督・語り:久保田智子 (c)TBS
<TBSドキュメンタリー映画祭2024>ライフ・セレクション上映作品『私の家族』
監督・語り:久保田智子 (c)TBS

STORY
2019年に特別養子縁組で新生児の娘を家族に迎えた久保田は、2歳になった娘に対し、生みの母の存在や出自について伝える“真実告知”を行うことを決意する。さらに、自身の両親・家族の過去とも向き合い、さまざまな対話を重ねる中で、久保田がたどり着いた“真実”と伝え方とは……。

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